日本人の「鎖自慢」

言うまでもなく、日本人は優れた国民だ。

日本人は長時間働く。終電まで働く労働者は珍しくないし、オフィスに徹夜することさえある。彼らはときにサービス残業も受け入れる。上司の命令には忠実で、盲目的につき従う。それというのも「武士道精神」があるからだ。彼らは「和」を重んじるから、だれにでも礼儀正しく、自己主張をせず、困難な状況でも不平を言わない。風邪をひいても、鬱病でも、とにかく会社にやってくる。それは彼らが「大和魂」をもっているからだ。約束や時間は律儀に守るし、仕事でミスをしたら腹を切る。なぜなら彼らは「日本精神」の持ち主だから。

勤勉で、優秀で、私欲のない日本人! ああ、世界一の民族!

画像元:YOMYOMF(筆者加工)

ところで

私たちは抑圧的な社会に生きている。日本は本音の言えない、不正をただすこともできない社会である。

学校では「質問をすること」がマナー違反だとされる。教師たちは問われたときだけ発言が許されるのだと生徒たちに徹底する。発言だけではない。生徒が自由にふるまおうとするならば、あらゆる方法で規制しようとする。生徒は怒られる前に自分で自分を縛り付けようとする。教師や親の求めることを事前に察知し、適切にふるまうよう学習する。それは「社会性」と言われる。親や教師に悪意があるのではない。「厳しい社会」で生き残る大人を育成するために、やむをえない必然によってそうしているのだ。

日本の労働者は好きこのんで長時間働くのではない。長時間労働が日本人の求めるものならば、それは幸福や精神安定に寄与するはずである。しかし現実には、長時間労働は精神を冒し、自殺に導く。結局のところ日本人は、低賃金で長時間「働かされている」つまり「こき使われている」からだ。ブラック企業の経営者やパワハラ上司に忠実に仕え、抑圧的な環境に耐え忍ぶのは、ただ「そうさせられている」だけである。そこにあるのは恐怖と、それを利用した「統治」である。

日本人はあらゆる抑圧に対し、法的措置や政治的変革を迫ることをしない。「しょうがない」が日本人のメンタリティとなっている。

私たちは自由を奪われ、抑圧され、搾取され、知性を奪われるような状況に「耐え忍ぶ自分」を美徳にさえ感じている。このメンタリティは一体なんなのだろう?

奴隷の鎖自慢

しかり、奴隷の鎖自慢である。

奴隷にとって鎖とはなんだろうか。鎖が意味するものは、主人がもたらす支配と抑圧である。奴隷は鎖から解放されたいと願っているか。そんなことはない。奴隷にとって「鎖」の冷たい重みは、自己を自己たらしめる最大のものである。奴隷から鎖を奪うことは、自己認識の耐えがたい瓦解をもたらす。彼にとって、鎖は「神聖」なものとなる。

一般にいつの時代にも、ちゃんとした人間は臆病者で奴隷だったのだ。(「地下室の手記」ドストエフスキー)

日本人は親や教師にコントロールされる子どもを「いい子」だと考えている。長時間労働に苦しみ耐える自分や他者を「良き社会人」だと考えている。支配や抑圧に対して完全に屈従すること。これが「日本の美しい伝統」だとされているのである。日本社会では、支配されること、奴隷であることが「美徳」だとされている。これは完全に奴隷道徳だ。

日本人は「搾取」や「抑圧」を神聖化することにかけては天才的である。これほど支配構造の隠蔽に成功している国は世界に類を見ない。愛国心は教育やメディアを通じて日本人に植え付けられている。人心支配は完璧だ。私も最近まで「日本人論」のウソや気づかなかったが、それらは単なる「奴隷向けの慰め」でしかなかったのである。

2件のコメント

  1. 先日は私のブログの『君の名は』についての記事にコメント頂きましてありがとうございました。
    リンクからこちらのサイトに来ましたが、非常に興味深く、いくつかの記事を読ませていただきました。

    日本人って、本当に何なんでしょうかね。

    昔の日本人(明治維新以前)はどんな性質だったのかが個人的にとても気になります。
    今語られている「日本人論」はすべて明治維新後に作られたもののようにも感じます。つまり、西洋の介入があってからです。
    それ以前の日本人はいったいどんなメンタリティだったのか…?

    勤勉性や奴隷根性・島国根性は多少あったかと思いますが、庶民はもっとテキトーに生活していたのではないのか…?
    昔の日本人は、現在語られている日本人のイメージとはちょっと違った、おおらかな性質をしていたのではないのか?それとも今と同じだったのか…?

    『逝きし世の面影』という本の存在を知り、先日読んだのですが、色々と考えさせられるものがありました。
    本自体は良いことしか書いてないので批判もありますが、西洋化する前の日本を知るひとつの資料としては良いんじゃないかなと思います。
    日本人は長い時間をかけて、かなり独自に進化してきており、その国民性に付け込まれて急激に西洋化させられた結果、こんな惨状になっているとも考えられるのかな、とも感じました。

    最近、日本人がどんどんどんどん目も当てられないくらいの大馬鹿になっていて、信じられないくらいのハイスピードで日本がダメになって行っているように感じており、本来の日本人はどのような在り方が正しいのか…非常に気にしながら日々生活しています。

    このままだと日本は近い将来、完全に滅亡するでしょうね。

    急に変なコメントしてすみません。

    1. コメントありがとうございます。孤独に書いてますのでコメントは嬉しいです。

      私も明治維新以前の日本人庶民がどのようなメンタリティを持っていたのか非常に興味があります。

      『逝きし世の面影』は私も少し読みました。おっしゃる通り小谷野敦などの批判もあるのですが笑 ただ明治以降の日本社会を相対化する、バランスをとる意味では重要な本だと思います。

      日本人のもともとのメンタリティですが、私はあてずっぽうに言うと東南アジアやインドの地方の人々の気質に近いのかな、と考えています。気候が温暖で、森林や河川に恵まれ、水や食べ物に困らない。そういう土地ではおっしゃるとおり「おおらか」で「テキトー」な人々がいたのかなと。

      日本のバックパッカーがそういった第三世界で「沈没」してしまう(今は少ないみたいですが)のは、遺伝子レベルでほっと息をつけるような、居心地のよさを感じるんでしょうね。

      私も日本はどんどんダメな国になっていて、このままでは滅亡すると思っています笑 ただ、国家が滅びても人々は生き続けますから。さっさと滅びればよいと思っています。無駄に延命治療したら不幸な人が増えるだけです。これは大戦末期と一緒ですね笑

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