愛国心教育の目的

愛国心教育は「経済発展」と「政治安定」のアウフヘーベンである。

時代遅れとなった「日本人」

20世紀の日本経済における成功は従順、無思考、勤勉、根気強い労働者によってなされた。思考よりも暗記重視の受験制度は工業社会のニーズである「苦労を厭わない」「頑張る」「我慢強い」労働者を生産するのに適していた。彼らに植え付けられた保守思想、既存の価値観への従属は政治的経済的な不正や不平等を隠蔽し政治的安定をもたらす上でも効果的だった。「日本人論」は戦後の民主化の流れの中で封建的価値観を維持するために役立った。

しかし21世紀の脱工業社会ではそういった教育は通用しなくなった。財界が労働者に求めるのはクリエイティビティや自立主体性、イノベーションへと様変わりした。国際社会で経済的に成功するためには各々が批判的思考(クリティカル・シンキング)を持つことが喫緊の課題となった。またバブル崩壊以降個人主義的な若者は次第に増大しており、格差が広がる中で教育的「負け組」が国家を分断する恐れがあった。

批判的思考という諸刃の剣

財界の強い要請を認識する一方で、政府は批判的思考の増大による社会的な混乱や社会変革を恐れていた。批判精神の増大は既存体制への敵愾心を生み、官僚や支配的な政治家といった保守的なエリートの基盤そのものを揺るがす恐れがあった。また財界も個人主義的な労働者は企業文化に馴じめず無気力な労働者となることを懸念していた。

情報社会で成功を生みだす労働者を育成するために、教育においては技術的職業的な意味での「個性」を最大限発揮させる必要があった。一方で個人の権利意識は政治の邪魔になるので、「個人主義」については否定的なものと教え込まなければならなかった。この明らかに矛盾する難問のために持ち出されたのが「愛国心」である。「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」といった2006年の教育基本法改正はその一例である。愛国心教育を通じて国民の個人主義に対する検閲、日本の既存体制への帰属、社会的義務や国家連帯といった「伝統的」価値観を再強化することが政府の目的なのである。

政府は日本の若者を「美しい国」の名の下に結束させることで、批判的思考の「良い面(職業的な認知スキル)」を高め「危険な面(社会変革)」を瀬戸際で食い止めようとしているのだ。


参考:Critical Thinking and Modern Japan – Conflict in the Discourse of Government and Business By David Rear

 

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