Andy Weir「卵」

輪廻転生について調べていると作家であるAndy Weirの“The Egg”という優れた短編を見つけた。不思議な気分になる、とてもおもしろい文章なので紹介したい。

すでに翻訳があることに気づかず訳してしまった(Alex Onsager氏による公式訳)。公式訳の方がずっと読みやすいけど、私の方が原文に忠実というか逐語訳的なんで、まあ好きな方を。

Andy Weir「卵」

原文

帰宅している途中、君は死んだ。

交通事故だった。特筆すべきことはない事故だが、致命傷だった。君には妻とふたりの子どもがいた。痛みのない死だった。救急医たちはベストを尽くしたが、君は助からなかった。君の身体はぐちゃぐちゃになってたから、死んだ方がよかったかもね。

そして君は私に会った。

「な……、何が起きたんだ?」君は聞いた。「ここはどこだ?」

「君は死んだ」私は事実をありのままに、単刀直入に言った。

「たしか……トラックがスリップして……」

「うん」

「俺は……俺は死んだのか?」

「そっ。でも気を悪くしないで欲しい。みんないずれ死ぬからさ」私は言った。

君は周囲を見渡す。そこには何もなく、ただ私と君が居るだけだ。「ここは何だ?」 君は聞いた。

「死後の世界か?」

「そんなところかな」私は言った。

「あなたは神ですか?」と君は聞く。

「うん」私は返事をした。「神だよ」

「子どもたちは……妻は」君は言う。「家族はどうなってるんです? 妻達は無事ですか?」

「そういう君のふるまいが好きだ」私は言った。「君は死んですぐなのに家族のことを第一に考えている。それは良いことだ」

君は魅了されたように私を見る。君には私が神のようには見えない。私はその辺にいる男か、もしかしたら女のようだ。だが漠然と権威があるようにも見える。全能の神というよりは、国語教師の権威に近かったが。

「心配するな」私は言った。「彼らは元気だ。君の子どもたちは君のことを完全な父親として覚えている。

彼らはまだ君を軽蔑するほど大きくなっていない。君の奥さんは外では泣いているが、内心はほっとしている。公平に言って、君の結婚生活は崩壊しかけていた。もし慰めがあるとしたら、彼女は自らの安堵に罪悪感を抱いていることだ」

「おお」、君は言った。「これからどうなるんです? 私は天国か地獄にでも行くんでしょうか」

「いいや」私は言った。「君は転生する」

「ああ、ヒンドゥー教が正しかったのか」

「すべての宗教はそれぞれの意味で正しい」私は言った。「少し歩こうか」

君は従い、虚空のなかを歩く。

「どこへ向かうんですか?」

「どこでもない」私は言った。「話してるときは歩いた方がいいだろう」

「結局、どうなるんでしょうか?」君は尋ねた。「私が輪廻転生したら、まっさらな赤ん坊になるんでしょう? それなら今生での私の経験や行為は何の意味もなかったんだ」

「そうではない!」私は言った。「君は前世のすべての知識と経験を持っている。今は思い出せないだけでな」

私は歩みを止めて君の肩を掴んだ。「君の想像以上に君の魂はすばらしく、美しく、壮大なものだ。人間の精神は自分がなんであるかについて極一部の断片しか知ることができない。水が熱いか冷たいかを知るために指を突っ込むようなものだ。君は自己のほんの小さな断片を容器に入れたのだが、元通りにすれば君はすべての経験を取り戻すことができる」

「君は48年間人間だったからまだこの状況に慣れておらず、君の意識の膨大な部分を認識できていない。もしここに長く居続けたら君は徐々にすべてを思い出すだろう。しかし転生のたびにそんなことをしても意味がない」

「それでは私は何度転生したのでしょうか?」

「たくさんだよ。数え切れないくらいだ。それぞれ、違う人生を歩んだ」私は言った。「次の転生は西暦540年中国の農民の少女だ」

「まってください、なんですって?」君は驚き固まった。「私は過去に送られるのですか?」

「まあ、形の上ではね。時間は君が知る通り、君の世界にしか存在しない。物事の理は私が来たところとは異なるのだ」

「あなたが来たところ?」君は考え込みながら言った。

「もちろん」私は説明した。「私はどこかから来たんだ。どこか別のところからね。そこには私と同じような存在がいた。君はどういうところか知りたいかもしれないけど、たぶん理解することはできないよ」

「そうですか」君は少し落胆した。「そうだ。もし同じ時間の違う場所に転生したら、自分と会うことは可能なんですか?」

「もちろん。そしてそれは常に起きていることだ。双方とも自分の時間を意識しているから接触しても気づくことはないけど」

「結局のところ、なんでそんな風になってるんですか?」

「マジで?」私は聞いた。「本当に? 君は私に生きる意味を聞きたいの? それってちょっと型にはまってない?」

「ええと、適切な質問だと思うのですが」君は意固地に聞いた。

私は君の目を見つめた。「生きる意味、私がこの世界を創った理由は、君に成熟してもらうためだ」

「つまり人類に? 私たちに成熟して欲しいのですか?」

「いいや。ただ君だけだ。私は君だけのために世界を創った。それぞれの人生を通じて、君は成長し、成熟し、壮大ですばらしい知性を持つようになった」

「私ひとりだけ? 他のみんなはどうなるんですか?」

「他にだれもいないよ」私は言った。「この世界には、君だけしかいない。それと私とね」

君は唖然として私を見た。「でも地球の他の人間たちは……」

「すべて君だ。君が転生した者たちだ」

「待ってください。私がすべての人間なんですか!?」

「わかってきたようだね」私は祝福して、君の背中をぽんと叩いた。

「私は世界に生きたすべての人間なのですか?」

「そしてこれから生きる人間も、だ。」

「私はアブラハム・リンカーンなのですか?」
「そして君はジョン・ウィルクス・ブース(リンカーンの暗殺者)だ」

「私はヒトラーなのですか?」君はぎょっとした。
「そして彼が殺した数百万の民だ」

「私はキリストなのですか?」
「そしてキリストを信仰するすべての人だ」

君は沈黙した。

「君がだれかを害するとき」私は言った。「君は自分自身を害しているのだ。君がなにか親切をすれば、自分にそうすることになる。あらゆる人間の幸福と悲哀は君によって経験されるのだ」

「なぜ?」君は私に問うた。「なぜそんなことを?」

「それはいつの日か、君が私のようになるためだ。君はそう生まれついたのだ。君は私と同じだ。君は私の子なのだ」

「えっ」君は驚いた。「私は神なのですか?」

「いいや。まだそうではない。君は胎児で、成長途中だ。君が人類すべての人生を生きて、すべての時間を過ごしたら、君は生まれる準備ができたことになる」

「つまりこの世界は」君は言う。「まるで……」

「卵」。私は答えた。「さあ、次の人生を始める時間だ」

そして私は君を送った。


 

公式訳だと神様にタメ口だけど敬語にした。もっと敬おうよ……。あと、公式訳ではリンカーン/ジョン・ウィルクス・ブースが徳川家康/豊臣秀吉になってて、翻訳って奥深い仕事だな~って思った。

この話、発表当時からけっこう編集されてるみたい。公式以外で転載されてたのでは「君」は34歳だった。フェミニズムの影響か神は「女性のようにも見える」という記述が追加されている。最後のセリフ「卵」も元は「一種の卵」だったが、すっきりしている。

 

4件のコメント

  1. 輪廻転生が実在し、すべての人は、自分が転生した者だったとしたらを想像すると、私の場合は、アイデンティティーが崩壊して、とりあえず何がしたいのかよくわからなくなる感じがします。つまり、そのような輪廻転生はないという前提で、日々を生きているのだなあと思いました。

    1. 荒唐無稽なようでいて黄金律である「自らが人に望むことを人に為せ」に通じるところがありますから、「相手が自分かもしれない」と考えると善い人になれそうな気がします笑
      なにか攻撃心が生まれたときは、「彼もまた私なんだ」と考えるのがひとつの実践的な解決策になるかもしれません。

  2. 仏教の”No Self”を思い出しました。この神というのはBodhisattvaみたいなものなんでしょうかね?

    1. 私も「ブッダやんけ」と感じました。「私」=ブッダ、ブッダのいたところ=涅槃ですよね。「君」は最後の転生で釈迦になって、ブッダの仲間入り(解脱=涅槃へ)。案外ゴリゴリの仏教ストーリーなのかもしれません笑

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