主人道徳と奴隷道徳

ニーチェの「主人道徳」と「奴隷道徳」の違いは何か。また、道徳のターニングポイントについて。

「奴隷道徳」「主人道徳」はニーチェ哲学の基本的な項目である。主著である「善悪の彼岸」は「奴隷道徳の彼岸」とも言えるし、同じく「道徳の系譜」は奴隷道徳から主人道徳の移行を描いた著書と言える。

現代の私たちはまさしくニーチェが指摘したような奴隷道徳の世界を生きている。社畜の精神は奴隷とよく似ている。清水真木というニーチェ研究者は著書において次のように書いている。

……私たちは日常生活の中で、このような奴隷一揆またはユダヤ的価値転換に気づくことはありません。キリスト教道徳、これを前提とする近代の民主主義は、出来損ないが自らの身を守るために発揮した狡知の結果であるということ、人類全体の福祉を著しく妨げる錯誤であることに気づくのも容易ではありません。というのも、私たちが生きているのが、すでに奴隷一揆が成功して奴隷道徳が君主道徳に勝利を収めてしまった世界、賤民の視点がすみずみまで浸透した世界に他ならないからなのです。

ちょっとすごい発言だ。たしか小谷野敦がブログにおいて「仮に事実だとしても、こんなことを何ら注釈もなく一般読者に向けて書いてしまうとは、清水という学者はヤバイ人なんじゃないか」というようなことを書いていたと思う。

ただ、清水氏の記述はニーチェにある程度親しんだ人には無理なく理解できることである。さて、「主人道徳」「奴隷道徳」をもう一度整理してみよう。

主人道徳

主人道徳における「良い」とは、気高い心のありようをさした。

本来「良い」は何らかの行為を評価するものではなかった。対象は「人」だった。「悪い」は下等であったりや卑しい人々のことを意味した。下等な人々とは偉大さや威厳ではなく、功利的、快適なものを求めるような人々である。

「良い―悪い」は階級的な境界でもあった。高貴な主人、貴族階級は「良い」。一方で民衆はそれらと比べて「悪い」とされた。貴族たちの民衆に対するふるまいは道徳的な問題として取り扱われず、どのように扱ってもよかった。

良い・高貴な人々は、能力や健康などの「充溢」の感覚を持っている。彼らが人を助けるときはこの感覚の「溢出」によるのであって、同情心が彼らを突き動かすのではなかった。

高貴な人々は自らが価値を創造する。何が良くて何が悪いかは自分で決めるのである。「良い」のルーツは自己肯定であり、自らの偉大さやもっている権力を讃えるものである。高貴な人々は他者の評価を気にしない。自分自身を崇拝しているからである。しかしこれは自己耽溺ではない。弱さと結びつくあらゆるものは軽蔑され、厳格さや冷淡さが尊敬された。

高貴な道徳は、「感謝と復讐」によってなりたつ。高貴な人間同士が友情を育むことがあるが、互いに尊敬を育みつつも馴れ合うことはしなかった。距離が近くなれば嫉妬、攻撃、傲慢といった感情が生まれるからである。これらの感情は敵に向けるものである。

主人の持つこれらの性質は彼らよりも下位の人々に恐怖をもたらした。一方で、同じような高貴な人間に対しては深い尊敬と距離をもたらしたのである。

奴隷道徳

奴隷道徳は主人道徳を拒否することによって生まれた。いわば主人道徳から派生したのであって、それ自体で生まれたのではなかった。

奴隷道徳では主人道徳で優れているとされる人間の性質を悪とみなす。奴隷道徳における「良い」とは主人的な性質の欠如を意味した。また奴隷道徳は苦悩や悲哀からの解放を目指している。あらゆる抑圧にたいして対抗すること、快適で有用な生活を送ることが道徳的に良いことと見なされた。したがって、同情や利他主義、自己に拘泥しないような心のありようが推奨される。また主人道徳とは逆に忍耐や謙遜といった態度が尊重される。奴隷道徳は高貴な人間の幸福を問い直し、階級を拒絶した。そして道徳は万人に共通であるべきだと主張する。

奴隷道徳は人間に対して悲観的である。人間は弱く卑しい存在、同情すべき人間だと考えている。したがって奴隷道徳では未来に期待をもつようになった。現状を改善し、未来をよりよくするような「進歩」を信仰した。その一方で伝統や先祖に対しては尊敬をもたない。奴隷道徳が主人道徳に打ち勝ち、支配的になったときには良い人間のようなふるまいは軽蔑や侮辱の対象となったのである。

「奴隷一揆」

ヨーロッパ社会がかつて主人道徳から始まったのであれば、いつから奴隷道徳が支配的になったのだろう?

ニーチェはこの問いに対し、ユダヤ人の預言者が生まれたときからだとしている。ニーチェは次のように表現する。この預言者は「富むこと」「信仰のないこと」「(奴隷道徳的に)悪いこと」「暴力的であること」「愉悦」を融合させ、初めて「世界」という言葉を呪われた言葉にした。

世の中の成功、つまり「良い」はずだったものは道徳的な失敗を意味するようになった。ただ、預言者の登場はすべてのはじまりに過ぎなかった。道徳の革命を起こしたのはキリスト教である。

何が「価値の転換」をもたらしたのだろうか。ニーチェによればそれは、貴族の苦悩を否定しようとするような奴隷の抑圧された苦悩、怒りなのだという。古代ローマの支配者は自由奔放で自尊家であり、おおらかで寛容だった。一方でそれらの性質を奴隷たちは、不道徳で退廃的、だらしがなく勝手気ままだと解釈し、支配者に嫌悪や憎悪を抱いた。この感情が「ルサンチマン」である。

奴隷は基本的に何もしないことを選ぶ傾向がある。彼らは政治的革命を起こす能力はなかったので道徳革命を起こしたのであった。ルサンチマン的な感情は主人道徳にはほとんどなかった「他者への非難」を通じて表出された。

奴隷道徳は行動を非難する。だれがどのように行動したかが道徳の中心である。ここでは自由意志が問題となる。人はある行動をする一方で、そうしないことが可能だった、別の行動もできたという考え方である。この考え方によって「罪悪感」が生まれた。奴隷道徳の中心はこの罪悪感なのである。奴隷は支配されるものである。苦悩し、命令を受けるものである。罪悪感はまさに彼らを命令する主人なのである。

ルサンチマンは創造的ではなく、反動的である。そして自分に関心を抱くのではなく、他者がどうあるかを気にしている。

奴隷道徳はいささかみっともない、弱くて醜悪な感情に根ざしているが、奴隷道徳はそれらの醜態を巧妙に隠すことに成功している。奴隷道徳は暴政や復讐に対する反動的な感情ではなく「愛」に基づくのだとしている。単純明快な主人道徳の倫理と比べると奴隷道徳はいささか複雑である。ニーチェは、ルサンチマンによって「人間の精神は深くなった」としている。

あとがき

ニーチェが批判したのは大きく近代精神だといえるだろう。彼の生きた19世紀は近世から近代へと移り変わる時期だった。イギリスやフランス、アメリカはずっと早く移行したが、当時のドイツは「田舎」であり、近代化はドイツ帝国が誕生する1871年より後だった。また、ニーチェの過ごしたスイスやイタリアもそのあたりの時期だろう。

資本主義的精神がドイツに蔓延してゆくのをおそらくニーチェは肌身に感じてた。たとえば、1887年にニーチェは友人ザイトリッツに宛てて以下のような書簡を書いている。

現代のドイツは、「ドイツ精神」の、これまでで最も愚かな、最も堕落した、最も不実なかたちをあらわしているのです

近代化とは、権力の精神的な支配への移行を意味する。それまでイデオロギーは教会によって支配されていたが、学校や軍隊、マスメディア、家庭といったイデオロギー装置によってずっと効果的に支配が行われるようになった。このことが有名な「神は死んだ」というフレーズを産んだとも言えるだろう。

資本主義精神がひとびとに蔓延するにつれて、おそらくニーチェは民衆に植え付けられる奴隷根性を鋭敏に感じ取ったのではないか。近代的なイデオロギーの根底には、長く人心を支配してきたキリスト教が存在する。ニーチェが古代ギリシャ、それもソクラテス以前にギリシャに解放された世界を見るのも、近代化に対する反発なのではないかと私は考える。


本記事は、Michael Lacewing “Nietzsche on master and slave morality”(pdf)を参考にしてまとめた。

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