Martin Basinger氏の回答集1

Quora最強の日本批判者、Martin Basinger氏の回答をまとめる。なお順不同。

Martin Basinger氏の基本情報

  • ドイツ生まれ。イェール大学卒業後、日本の丸紅商事に就職。
  • 三カ国で生活した経験あり。

QuoraのMarin氏のページはこちら(Martin Basinger)。

なぜ私の日本の友達は日本人であることを誇らないのか

 

それは本当に日本人? つまり「日本人の親から生まれて日本で育った」?

私がこう問うのは、日本に数年住んだが、まだ日本人であることを誇りに思わない人にまだ会ったことがないからだ。愛国心は明確な言動ではなく基本的な心の持ちように近い。愛国心はとても根深いから、日本人はそのことに一生気づくことがない――なぜなら彼らは日本好きの人(日本好きの外国人や他の日本人)としか接することがないから。

メディアや教育の主な目的はこうだ――国の誇りを人びとに注入すること。この洗脳構造から逃れられるのは少数の日本人だけだ。たとえば海外に長く滞在した人や、目立つことによって厳しい現実に直面しても批判的に考えるだけの勇気と知性のある人。だから当然、第二次世界大戦や日本の汚点を語るときにはほとんどの日本人は安易な道を選び、右翼政府のオウム返しをするだけだ。

もしその人たちが本当の日本人なら、ラッキーだと思うべきだ。君は「日本の友達クジ」に当たった。友情を長持ちさせる価値があるだろう。

それでも、私は日本史についての質問で友人をつついてみることをおすすめする。そして「誇り高き日本人」の防御に転落しないかを確認するんだ。なぜならそこら辺にいる日本人(Quoraのトップ投稿者にもいるけど)は、バランスがとれていて、理性的に批判的に日本について考えることができるように見えるけど、ほんのちょっとつつかれただけで激しい防御態勢をとって本当の考えをさらけ出すことがあるんだ。

原文:Why are my Japanese friends not very proud of being a Japanese? | Japanese Ethnicity and People

 

日本にきたときの印象は?:景観

私がヨーロッパの経済的に安定な国からきたとき、同様の平均的な生活水準を期待していた。もしそうでなくても、日本はモダンでハイテクな社会で、自然を愛し、高い美的感覚を持っていると思っていた。

それで日本へ来た。はじめは旅行者として。それは現実への直面だった。

はじめて日本にきたとき、関西空港から新大阪駅へ向かった。海の上に建設されたモダンな関空から列車が発車した。これは一時間にも満たなかったと思う。

電車が橋を渡って本土へ着いて大阪の郊外にまわったとき、私は冷静に現実を見るようになった。というのも、電車の外は私の予想とは違っていたからだ。私の予想とは何もかも違った。カオスな醜い地獄絵図と、荒廃したコンクリートビル、ダンボールやトタン板で穴を覆ったような数十年前のレベルの安っぽい建物。窓は何年も拭いていないように見えた。だれも(ちっぽけな)庭の手入れをしておらず、ゴミ捨て場のように使われていて、消費主義の時代の遺物のようだった。電線のヒドラが家々を走り、すべての景観を絶望的にしていた。

何も新しいものはない、何も美しいものはない。ただただ汚く、陰鬱で、醜く、混沌としていた。私は最初こう考えたことを思い出す。「待てよ、間違えてアジアの第三世界に着陸したんじゃないか? これが金持ちでハイテクな日本なのか?」

でもそうじゃない、チケットには「関西空港」と書かれている。私は日本にいたのだ。

「これはたぶん、貧しいスラム街のような郊外で日本の景観の平均ではないんだろう」私は冷静になろうとした。だが後に誤りが証明されただけだった。ほとんどの日本人はそういう街に住んでいたのだった。

私が大阪に着いてホテルに入ったときにいくらか安堵した。私の想像通りの日本だった。カオスで醜いコンクリートだらけだが、少なくともトタン板やダンボールはなかった。あとになって日本のほとんどを旅したとき、私の最初の日本の印象、大阪の郊外を電車で走ったときの印象が日本の実像であるということを知った。すてきな大阪や東京といった都市は表面だけで、センスよりも金があったときに建てられたのだと。平均的な日本人にお金がトリクルダウンする前に経済的な奇跡が終わったのだ。経済的な奇跡が起きている間の金はどこへ行ったんだ?

 

私が10日後帰国するとき、スイスエアラインズを使ったのでチューリッヒにストップオーバーした。空港を歩き回ったときの印象が忘れられない。すべてが素敵で、綺麗で、秩序だっていてよくデザインされていた。薄汚いベージュのプラスチック板の代わりに壁はガラスや鉄骨で造られていた。照明のコンセプトは人びとのニーズに沿って設計されていた――蛍光灯を詰め込んでやみくもに明るくするのではなく。人びとは笑い、互いにおしゃべりしてリラックスしているように見えた。

私は再び第一世界にきた。そして第一世界と第三世界の違いは、単に富や技術の差ではないということを理解した。

原文:What were your impressions of visiting Japan? – Quora

 

日本の小売店の店員は「ありがとう」と返さなければイライラする?

日本人はそんなこと期待していない、日本の客は店員の目を見ることさえない。店員に客は非常に冷たいから、何か話しかけることもない。

男性の日本人は店員がお釣りを出すときにぶつくさ言うことがあるが、これは日本では普通のことで、階級意識があるからだ。お客様だったら何もしなくてもいい。

そしてほとんどの日本人(少なくとも男性)はその権力的な地位を濫用して店員にだれがボスかをひけらかす。

 

店員の「いらっしゃい」や「ありがとうございます」という叫びは、単なる自動的な反復に過ぎないと考えるべきだ。なにも誠実さなどない。

もし近くで観察したら、店の棚から目をあげることもなしに、掃除しながら、店員がただたんにそれらの言葉を何度も何度も繰り返しているだけだということがわかるだろう。

このルーチンは無意識からきているもので、私は彼らが何をしているのかさえ認識していないのではないかと疑っている。

私の考えでは、彼らには深刻な施設病(訳者注:乳幼児期に、何らかの事情により長期に渡って親から離され施設に入所した場合にでてくる情緒的な障害や身体的な発育の遅れのこと)の徴候が見られる。

 

労働者をロボットに置き換えるという日本の考え方はそう遠くないだろう。日本の小売店の店員でさえロボットのように振るまうよう訓練され期待されているからだ。

私が日本にきて間もないころ、私は「ありがとう」と返事したり、他の挨拶に返事をしていたけど、他の客からおもしろく思われることが不愉快で、やめてしまった。「ユニークで優れた日本文化」に溶け込むようにしたよ。

原文:Do Japanese people who work in retail get annoyed when they don’t get a thank you back?

日本の滞在は安全か:原発事故

(……)

東京の環境放射線はたぶんローマやドレスデンとかより低いだろうけど、問題がある。環境放射能の影響が問題を引き起こすか、科学的知識をだれも持たないということだ。

(……)

私は日本に住んでいるが、政府による食品の大規模な調査が行われているかは聞いたことがない。だからどれだけの放射性同位体を日常的に摂取しているかはわからない。

もし日本が大規模調査をしていたら安全と感じるだろうか?

いや、まったくそんなことはない。なぜなら私は「日本固有文化™」を知っているから。もし食物連鎖で放射性物質の濃縮があったとしても、何も行われないだろう。

なぜならそれは国際的な、巨大な「面目丸つぶれ」を意味するから。特に「食」(日本人がとても誇りに思うものだ)に関しての失態は、絶対に認めることができない。

日本は政府がこう決定するような国だ。「大金かけて調査で見つけたくないものを見つけるよりも、人びとが癌で死んだ方がいい」

私が日本にきて間もないころ(私は2011年に来日した)、日本人と食の汚染についてどう思うかをときどき聞いてみた。

するとその中の一人が怒り出して、私はもっと「日本文化に適応」しなければならない、そもそも「おいしい」と感じるならなぜそんなことが気になるんだ、と言い出した。

どうしてこうなった。

原文:Is visiting Japan safe? – Quora

 

マフィアが堂々と支配する日本がなぜ安全だと思われているのか?

日本は安全だと考えられている。でもそれは正しいのだろうか。

日本は変なことをしない限り、旅行者にとっても安全だとされている。旅行者にとって、中南米の平均的な国よりは安全だろう。

でも日本人の安全を考えたときにはそこまでよいものではない。なぜなら日本人はヤクザのトラブルに容易に巻き込まれうるからだ。そしてもしヤクザに日本人として関わったら、だれも助けてくれない。警察は干渉しようとしないし、弁護士はヤクザに立ち向かわないだろう。

でもこれらのことは日本人以外に広く知られているわけではない。日本のイメージが悪くなるから蓋をしているわけだ。

日本にはこういうことわざがある。「臭いものには蓋」。これは日本文化を知る上でもっとも重要な言葉だ。

日本が実はいかに安全ではないか、私が滞在中におきたふたつの例をあげよう。

1.日本では消費者金融が大人気で、スマホのアプリでも簡単にローンが組める。日本人のもつ高価なブランド品は、たぶんそういうローンで買われている。問題は、これらのローンが銀行ではなくて、ヤクザ系列の会社だということだ。彼らはまじめな企業のように見えるかもしれないが、それは表面だけだ。期日までに金を返す限りは問題ない。でももし期日通りに払わなければ、すぐに厄介事に見舞われる。

借用者、その家族、そして雇用者に電話がかかってきて、そのあとマッチョな、恥ずかしい外見をした男たち(ヤクザ)がやってくる。もしそれでも払わなければ、借用者やその子供の健康や命が危なくなる。

私は半年の間に、近所のふたつの家が夜逃げしたことを知っている。その家族は子供と暮らしていて、文字通り痕跡ひとつ残さず消え、そして二度と連絡はなかった。私は不思議に思ったが、周囲の人は何が起きているかわかっているようだった。強引に問いただしたときはじめて、一人の男がこう話した。その家族は、ヤクザの会社に借金をして逃げなければならなかった。そして日本の最果てに、名前を変えて住んでいるという。彼らは身の危険を恐れて、自分の所有する家を放棄したのだ! こんなことは市民国家ではありえない。

2.私の前の恋人の女性が、ある日東京近くの高速道路で小さな事故を起こした。彼女は運転中に書物かなにかをしていて前の車に追突してしまいバンパーを凹ませてしまった。不幸にもその車はヤクザのもので、彼らはこんな小さな事故では警察を呼ぶべきではないとして修理代の見積もりを連絡すると言った。彼女はヤクザに住所を教えた。数日後、数千ドルの大金を支払うよう連絡があった。また彼女は帰宅時に不審な男がアパートの近くをうろついていることに気づいた。彼女は見積もりがおかしいのではないかと連絡したが、彼らは彼女を呼び選択肢を説明した。彼らはもし支払わなければ雇用主にお前の悪口を言うぞと言った(日本ではとても嫌がられる)。または、もし金がないのであれば「働く」必要があるといった。これは若い女性に対しては性産業や売春で働くことを意味する(両方ともヤクザが経営している)。彼女はパニックになり、なんとか金をかき集めて彼らに金を支払った。

こんなことは日本では日常的であり、いたるところで起きている。しかしこの手の犯罪は日本では「ふつうのこと」として受けとめられており、日本人はこれらのことがどういうことであるかがわかっていない。市民国家的ではないということも考えない。

このようにして「犯罪のない日本」とか「安全国日本」といった間違った神話は永遠に続くのだ。

原文: Why is Japan considered safe when there is a mafia openly operating? (Yakuza)

 

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