Martin Basinger氏の回答集3

Quora最強の日本批判者、Martin Basinger氏の回答をまとめる。なお順不同。

第一回はこちら。
第二回はこちら。

Martin Basinger氏の基本情報

  • ドイツ生まれ。イェール大学卒業後、日本の丸紅商事に就職。
  • 三カ国で生活した経験あり。

QuoraのMarin氏のページはこちら(Martin Basinger)。

 

日本の個人主義について

日本で「目立つ」ことや「個性的」なことはどんな感じ? 個人主義はどう見られているの?

4 Answers – What is it like to ‘stand out’ or ‘be different’ in Japan? How is individualism viewed there?

(画像、太字はMartin氏による。)

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目立ったり個性的であろうとすることは、日本以外であれば、肯定的に評価される。したがって、日本以外のすべてがそうであるように、そのことは優れた日本方式・日本の物に劣ると見なされる。日本人がいかに学校システムに洗脳されているかをこのことは示している。

想像してほしい。子ども時代の20年間、学校やメディアによって、親や友達によって、日常的にこう教え込まれることを。君はとてもラッキーだ、なぜなら君が生まれたこの国は、他のすべての国よりも優れていて、日本文化は外国人にはだれにも十分には理解できないほど特別で、洗練されていて、さらにユニークな国だ。

この考え方は君の思考に深く根ざしていて、非常に抜本的な措置を取らない限り消しさることはできない。だれかが君の「神様(つまり日本)」についての批判的な発言をしたら、彼はそれを理解していないのだと思うよう君は訓練される。そしてだれかが君の「神様」を褒めたら、彼は友人として扱うべきだと。そこにはすべてのカルトがそうであるように、ただ黒と白しかない。入るか、敵になるかだ。

日本人が「完全」と教えられたちんけな世界から違うことを、何に関しても恐れることの理由だ。

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人や物事がそれを変えようと挑戦すると、彼らは不安に対する方法として戦い叫び、あるいはそれを嘲笑する。そしてこのことは、君が個人主義はよいものではないかという考えを彼らに紹介するたびに起きることでもある。

日本の上位カーストがこれまで市民を外部情報から防ぎ(例:英語のような外国語のより優れた教育を大部分に制限する)、うまく管理してきた事実、そして軍隊的な学校システムによって、今日の日本は世界でもっとも完全な「エコーチャンバー」社会へと変わった。これは北朝鮮と同レベルだ。

インターネットでさえ大半の日本人を本当には変えなかった。彼らは外国のニュースを読めるほど英語力がないし、何度も目にしたことだが、海外ニュースに単に興味がない。なぜならそれは彼らが常にそうしてきたように「日本、日本、日本」の周りを回転しないからだ。あるいは彼らは読むことを恐れている。日本の政府が認可したニュースとは対照的に、彼らのマインドを吹き飛ばすようなニュース。

個人主義に対する反感は不安から来ている。なぜなら日本文化とその「ユニーク」という間違った考え方でできたカードの家は、一秒で吹き飛ばされるほど脆弱だからだ。日本人は無意識的にこのことを知っている。だから可能な限り現状をそのまま維持するよう自己検閲を行う。

それゆえ、日本人は個人主義を獲得しようとする日本人を危険だと見なす。

西洋人が日本人を好む理由

「西洋人の多くが、自分たちの伝統への批判には寛容なのに、チベット人や日本人のような国に感情的に“帰化”した非西洋人についての厳しい質問という段になると、非常に敏感になっていまうのはなぜか?」 (あーあ、よくわからん)

Why are many Westerners relaxed about criticism of their native tradition, but uber-sensitive when it comes to any hard questions about some non-European people they’ve emotionally ‘adopted’, e.g. Tibetans or Japanese?

その理由は、知性と教育レベルの低い西洋人は外国の思想や物事、国民を「同僚に差をつける自動車」のように扱う傾向があるからである。

彼らは「武士道は1900年頃発明された」というような実際の歴史や事実には興味がない。武士道という言葉を知っている人間のように自分を飾り立てることに関心があるのだ。

ほとんどの人はそのことを否定するだろうが、優越感を持つための方法に過ぎない。例えば、私の嫌いな次のようなヤツがいる。

「ああ、君はまだ西洋薬を使ってるんだね? ぼくは漢方薬を使っているよ、これはずっと優れていて、だからぼくは君より優れている」

「Yeahぼくは日本に住んでいたけど日本人は地球上でもっとも礼儀正しい国民だよ、そして彼らは「武士道」精神を生きている、うんたらかんたら」

これを聞いている人には日本人は礼儀正しくないし、武士道を生きてなんかいないといった事実をもって誤りを正すことができない。なぜなら彼らはそんな情報を持っておらず気にもかけていないからだ。

当然だが、外国の概念を適応して自分をよく見せようとする人はその概念への批判は受けいれることができない――それは優れていなければならない、だから「俺達は」優れているという思考だからだ。

東アジアの国々は世界で唯一神話と迷信が根絶されていない地域だ。しかも国民も同じように信じているから、西洋人にとって専門家に指摘される恐れなく使用することのできる「神話的」な情報の最良の源なのだ。

これが日本文化のとても多くの間違った神話が除去困難な理由だ。たとえば「サムライ」は気高い人だった、「カラテ」はすごい、「指圧マッサージ」はすごい、「漫画は実際芸術だね」などなど……

 

日本はヤクザ帝国か

日本は高度に発展した模範的な国なのか、それとも落ち目の歪なヤクザ帝国なのか? 日本を判断する客観的で信頼できる方法は? 日本の特許の数の多さが楽観主義者が真実だと証明しているのではないか?

Is modern Japan a highly developed model country, or a crooked Yakuza empire about to fall? What are objective & reliable ways to judge Japan? Doesn’t e.g. the high number of Japanese patents prove the optimists to be true? – Updated 2017

私はたぶん、「極端にネガティブな」意見になるだろう。

君の質問に答える前に書いておこう。

私の日本に関する意見がとてもネガティブに聞こえる。しかしそれは第二次大戦後に西洋社会で広く受けいれられたイメージが大部分が大げさな賛美だからという可能性がある。

たとえば、ほとんどの人が次のような意見を持つ。「日本に犯罪はない」。そしてだれか私のような人間が「それは真実ではない。たくさんの犯罪が日本にはある」というと、それは「極端にネガティブ」で、「バッシング」だ、と受けとめられる。単に真実を述べたにすぎないのに。

君はこの法則を、日本文化や日本人に関するさまざまな日本の事柄に当てはめることができる。多くの西洋人にとって日本のイメージは根本的におとぎ話の国なのだ。人びとはほんとうにこの幻想を手放さないように見える。生活はトラブルフリーで、悪い人間がいない、「最果ての」「エキゾチックな楽園」(ヤクザのような悪い人がいるとしても、彼らは災害時には助けてくれる)。

もしだれかが日本は「模範的な国」だと結論するとしたら、私は彼の知性を尊敬することはできない。なぜなら近代日本のことを学習した人にとって、そのような発言は不可能だからだ。

そのような人は、明治初期から日本人が創りだし、アメリカが第二次大戦後に承認した神話をただ信じているだけだ。それはまさにネイティブアメリカンの歴史に関する情報がディズニー映画の「ポカホンタス」しかないようなものだ。そしてだれかほんとうのネイティブアメリカンを知る人が批判したら、彼は「極端にネガティブ」なのだ。

このおとぎ話はなんとか日本の「オフィシャルな」ストーリーになった。フィクション作品であるルース・ベネディクトの「菊と刀」や映画の「キル・ビル」やその他の教育の貧しい人に人気な作品のアマルガムによって。

では、日本は「落ち目の歪なヤクザ帝国」なのだろうか? それは真実だが、ヤクザは日本の権力構造の使い勝手のいい枝葉に過ぎない(他の枝である政党や「選挙によって選ばれた政府」の)。彼らは権力構造のすべてではない。公的にはもう財閥はもはや存在しないとされていながら、昔からの財閥は依然として影響力を持つと考えられている。

近代日本の権力構造はヤクザをモデルとしている。不透明さ、階級制、表は尊敬されるように振る舞い裏では汚いことをする、など。しかし、だからといって日本を「歪なヤクザ帝国」とは導けない。犯罪組織のようなはたらきは、すべてがヤクザによって行われているわけではない。日本のヤクザは、より大きいヤクザ的組織の主要な一部に過ぎない。この答えが助けになるといいが。

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映画「ポカホンタス」。白人至上主義的な人種差別の一例であり、インディアンに対する偏見を助長すると批判されている。( ポカホンタス (映画) – Wikipedia

日本人の性欲はなぜ弱いのか

西洋諸国とくらべて日本の性的欲求は常に弱かったのか?
Was sexual drive in Japan always lower compared to Western nations? – Quora

性的欲求が低いのは、もはや維持が不可能となった日本社会に対する無意識の反応だと私は推測する。

日本人は滅多に認めないだろうが、彼らの生き方や自分たちのための社会が、深刻に、とりかえしのつかないほど間違っていると感じているはずである(無意識的にだろうが)。子孫を繁栄させようとか、子どもを持とうという欲求は、「未来がない」という感覚にさまたげられる。なぜなら新しく生まれる無垢な子どもを、すでにして悲惨であるような環境には起きたくないからだ。

伴侶との満たされた性生活を探しもとめ、子孫をつくるかわりに、女性はセックスをまったくしなくなってしまい、日本の男性はセックスをファストフードのように扱うことを今後も続けるだろう。

日本には気がおかしくなるほど膨大な性産業がある(外国からの観察者にはうまく隠されているが、日本人はみなどこへ行けば良いかを知っている)。性産業によって同僚と酒を飲んだあと、終電に乗る前に男性がフェラチオパーラー(ピンサロ)へ向かうような文化が花開いた。

このことがたぶん、日本人が握手をしたがらない理由かもしれない。

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