「賃金奴隷制」…効率的で確実な搾取と管理をもたらす、理想的な支配形態

文明は階級です。

文明の歴史はおおざっぱに言えば、奴隷制・封建制・資本制の段階をとっています。これを階級としてとらえると、奴隷制→農奴制→賃金労働制となります。

いずれの場合も、生まれつきの社会的強者が生まれつきの社会的弱者を支配し、搾取するという構造では同じです。しかしそこにはいくらかの違いもある。

Mark Starrの記述“A Worker Looks At History”「歴史を見る労働者」の5章から訳していきます。

奴隷・農奴・賃金労働者

現代の労働者の仕事量について不平を言うと、しばしばこう言われる。労働はつねに生活のために必要だったのだし、今後もつねにそうだろう。「初めからそうだったし、今もそうで、これからもそうだろう」。この言葉が言い終わるや否や、注意深い視線はどこかへいってしまい、労働の必要を理想とし、増え続ける骨折り仕事を誇りに思うようになる。労働がつねに必要だったことは事実だ。文明が始まってから、つねに労働者階級があった。この事実はしかし、現在の状況に屈服することを正当化するものではない。本稿では、かつての様々な労働者階級の簡単な検討と、現代労働者階級の比較を試みる。

奴隷

起源はおそらく戦争にあった。戦争捕虜を食べたり殺すよりも、奴隷にしておくことが有益であることが判明したとき、経済発展のときが来た。そのときはじめて共食いが罪とされた。動物の家畜化と農業の発展が始まる以前、奴隷は役立たずの重荷だっただろう。初期の聖書の族長は奴隷をもっている。そしてその後の聖書にも多くの記述があり、ユダヤ人の国には奴隷制の存在と発展があったことが示されている。すべての古代帝国は、奴隷経済によって築き上げられている。ギリシャ、ローマはもっともよく知られた例だ。いずれにおいても、偉大な始祖である自由人は戦争で破壊されるか土地のない暴徒となることによって、帝国は発展していった。かつては奴隷を所有していた自由人は巨大な所有者の物となり、奴隷労働をすることになった。ギリシャの哲学者は、奴隷制を神が授けたものとして受け容れ、それにより労働から解放され、思想に時間を費やすことができた。アリストテレスは奴隷制を自然法則の一部とした――現代の資本主義を擁護する知識層が、現在のシステムが自然かつ永遠であることを労働者に説得しようとしているように。ギリシャの歴史の中では、一人の自由人につき十人もの奴隷がいることもあった。

ローマもまた同じ歴史を繰り返した。キリスト者の血縁的な結束や自由土地を持つ者は殺された。数人の個人が1万人もの奴隷を所有していた。アレクサンダーとカエサルが征服軍と共に世界中を行軍する間、世界の仕事は奴隷によって行われていた。征服によって得られた金銭的富と奴隷による富は、崩壊のプロセスを早めるだけだった。ヨーロッパにおいては、14世紀から奴隷制は見られなくなったとLeckyは言う。奴隷制は農奴制に移り変わったのである。アメリカでは1861年5月の南北戦争の後に消えた。イギリスでは奴隷は1770年に植民地に向けて宣伝され売られたが、1807年にイギリス領において奴隷貿易は禁止された。

奴隷と賃金労働者の間にはいくつかの違いがある。

  1. 奴隷は、彼が役に立つ限り、人が馬を生かさなければいけないのと同じく、生存を保証されていた。したがって奴隷の労働競争や失業はなかった。
  2. 奴隷は法的権利を持たなかった。彼は法廷に立つことはできなかった。結婚は認められず、私有財産が認められなかった。主人は彼を磔にしてもいいし、切り刻んで金魚の餌にしてもよいし、秘書や秘密の友人に昇格させることができた。ローマ法はのちに主人の絶対権力を妨げた。
  3. 奴隷は彼の労働力を売ることがなかった。彼は彼自身を売った、そして自明だがすべての奴隷労働は無賃だが、もちろん主人は彼を維持しなければならなかった。
  4. 主人が個人的な所有権を放棄すれば奴隷を自由にすることができる。多くの奴隷が忠実な奉仕の報酬として自由人になっていた。私有財産を許された場合、自由権を金で買う奴隷もいた。国家や個人の特赦によって、または主人の死に際に、奴隷所有者は「天国での魂のために」と奴隷に自由を与えた。この「解放」の実践は盛んであり、キケロは素性の良い奴隷は6年のうちに自由になることができると想定した。この状態はしかし普遍的ではなかった。誘拐や戦争によって奴隷が潤沢に供給されたとき、彼らは悲惨な目にあった。奴隷制には「輝かしい過去」の保証はなかった。

農奴

農奴は古い共同体におきかわった封建制下に存在した。ローマの解放奴隷や衰退した自由人は、奴隷制を持たない野蛮な侵略者の土地に住むことになった。地質学においては、岩盤の特定の層が欠如しているところに、適切な循環は決しておきない。歴史も同様である。ある国が他の国の経た開発段階をスキップしてもよいが、その段階は適切に実行されない。歴史学者の間では、ノルマンが1066年にイギリスを征服した以前から封建制が発達したかどうかを巡って論争がある。いずれにせよ、ノルマン・コンクエストが封建制を広め、17世紀に崩壊するまで残った。領主の保護を得るために、農奴はいくらかの時間を領主の土地で働かなければならなかった。農奴の地位には注目すべき点がある。

  1. 奴隷と違い、農奴は売られることがなかった。彼は個人にではなく土地に固定され、領主の許しがなければ、娘を嫁にやっても、息子を奉公人としても、彼は生地を離れることができなかった。奴隷と同じく、彼は競争や解雇の恐れはなく、また生計は保証されていた。
  2. 農奴の政治的地位は奴隷と同じように低く、領主の言葉が法律だった。(賃金労働者だけが法的平等を享受している……実際上はすぐに消えてしまう誇大平等だが)
  3. 農奴は労働力を売ったり、賃金をもらうことがなかった。彼は制限された区画だけであったが、土地という生産手段を有していた。そして、彼が領主の土地で行わなければならない労働は、無賃労働であることが明確ではっきりとしていた。
  4. 奴隷と同じように、農奴は自由を獲得するチャンスがあった。彼は街に逃げて、徐々に拡大していたギルドに入って賃金労働者になるか、奉仕を金銭で支払ったり、土地を借りてそこで農業をすることができた。

銀行、保険業、商業や産業などの様々な資本の発展と、その発展が封建制を侵食し、資本家と賃金労働者をいかに生み出したかは、簡単に説明することはできない。街のギルドの職人や、小家屋に機織り機を持ち、小さな農園を耕す田舎の生産者が農奴と賃金労働者の間を橋渡しする存在だろう。

賃金労働者

現代の賃金労働者の興味深い点は以下の通りだ。

  1. 奴隷や農奴と違い、彼は「自由な」労働者であり、特定の主人や土地に縛られない。彼は「自由」に働いたり働かなかったりができる。農地からも「自由」であると同時に、生産手段や保証された生活からも「自由(free from:ない)」である。そしてしばしば、競争によって雇用も「自由(ない)」だ。一時間、一日、あるいは一週間前に解雇あるいは退職を通告することで、彼は雇用主と離れることができる。
  2. 現代の賃金労働者は農奴や奴隷より社会的地位が高い。同じ法律が富裕層と貧困層に適用される――富裕層が優秀な法律家を雇い、裁判官は階級による無意識な偏見にまどわされて判決を下すにしても。奴隷と農奴は労働者が持つような政治的権利を持っていなかった。しかし参政権はしょせん、彼(賃金労働者)の「パンとバター(生計)」の問題を解決するぐらいにしか有用ではないのだが。
  3. 賃金労働者は、一時間毎、一日毎、一週間毎に労働力を売る。[労働対価は平均的な労働者がかかる時間に基づいている] 彼は生産手段を持たないと同時に、自分が完成させた製品を持つこともない。彼は合意に基づいて賃金を得る。そして農奴や奴隷の無賃労働の場合と違い、賃金労働者はすべての労働に対して賃金をもらっているように見える。これは「余剰価値」の理論による説明を必要とする、一種の錯覚である。
  4. 労働者は個人として自由であるように見えるが、彼は――資本家階級に対するところの労働者階級に――縛られている。彼はあらゆる雇用主を見つけらて、労働力を売ることができるとしても。彼の個人的自由は、もし雇用主を見つけられないときに飢える自由にも変貌する。ひとつの関係を破壊することで奴隷や農奴を解放されたが、賃金労働者を解放するためにはすべての財産関係を変えて、個人の所有とされた生産手段を公共の物にする必要がある。ギルドの職人は彼自身の主人になる十分なチャンスがあった。奴隷は他の奴隷を抜きん出て、自由になることができた。しかし現代の鉱夫は、自らの炭鉱を持つ恐れはない。賃金労働者は、階級の結束による働きかけに参加することで地位を向上させるしかない。

古代ギリシャ、古代ローマの時代から、生産手段や生産物は偉大な進歩を遂げた。ネロの時代には四日半かかって生産される量以上の小麦が、アメリカでは10分間で生産される。余暇的な楽しみはもはや教養ある少数の権利ではなく、全員の楽しみであるべきだ。奴隷反乱や農奴の一揆は、支配的権力によって無慈悲に粉砕されたことを歴史は語っている。現代の労働者階級である賃金労働者は絶望的な失敗の運命にあるわけではない。必要な労働が全員の手によって行われ、過去の発展の恩恵をみなで楽しむことができるような進歩の階段の次の段階に社会を押し上げることが彼らの使命だからである。

「労働の産業的力が未発達である限り、労働は人類の大部分にとって苦役だった。産業的力の現在までの驚異的発展は、何百万もの労働者の残酷な虐待を含んでいた。古典的な奴隷、農奴、賃金労働者は「労働の惨劇」という悲劇を演じているのだ。[W. W. CraikのRailway Reviewより]」

資本主義は実質的に世界を支配している。そして今や、国々を侵略し文明化し、一掃して、発展の低い段階をもたらす影響力を免れる未開国家は存在しない。長い不況のあと、黄色人種脅威論が恐怖された。日本と中国が資本主義の魔法の杖をあてられて、急速に発展した。フランスとイギリスの金(きん)は近年まで残っていたロシアの農奴制とコミューンを破壊し、いまや帝国主義の段階から資本主義にめまぐるしく置き換えられた。この劇は世界中で起きており、なお拡大し続けている。次の劇の幕をあけるのは賃金労働者である。労働の惨劇は喜ばしい勝利の前に消えなくてはならない。

あとがき

Mark Starr(1894―1985)はニューヨークの労働教育家です。今回翻訳した「A worker looks at history」は1917年の出版ですから、彼が20代前半のときに書いたものとなります。

上記は二年前(仕事を辞めたとき)に訳したものを全面的に書き直したものです。当時私はこの文章によって「賃金奴隷」という概念に確証をもったのでした。

賃金労働者は、奴隷制から農奴を経て生まれた存在です。賃金労働者が奴隷や農奴と違う点はより「効率的に」、「安定して」搾取されるという点にあります。

奴隷が比較的容易に自由になることができたのは事実です。奴隷というと悲惨なアメリカ黒人奴隷を思い浮かべがちですが、あの過酷な搾取は台頭しつつある資本主義と競争するため生じたイレギュラーな状態でした。初期文明の奴隷制は割とゆるやかな搾取であり、記述にあるように解放されることも珍しくなかった。ローマには、死に際に奴隷を解放すると天国へ行けるという信仰もあった。基本的に奴隷は高価な貴重品であり、逃亡や反抗、怪我や病気のリスクがあるために、過度の抑圧は愚行でしかない。

農奴は領主に搾取される存在です。彼らは地理的には縛られていたが、基本的に自給自足で生活しており、(人為的な)飢餓や失業のリスクはなかった。また、彼らの「奉仕」は何日か領主の元で労働するというものであり、無賃労働が存在する明白だった。

私たちは農奴というと自由がなく、共同体に縛られた存在だと考えがちですが、領地を離れる農奴は少なくなかったでしょう。実際、日本でも農地を離れて村々を渡り歩く旅商人や旅芸人の集団についていったなんて話があります(この手の話は網野善彦が詳しい。「無縁・公界・楽」など)。お蔭参りもおおらかな話ですね。その他、都市へ移動して自治的集団であるギルドに入ってもいいし、修道院や寺に入る、乞食や托鉢僧になるという宗教的な道もあります。中世の農奴の束縛はそこまで強固ではなかったと私は考えています。

さて賃金労働者=賃金奴隷ですが、彼らの特徴は生産手段を持たないということです。つまり労働力を売らない限りは生きていけない。彼らは自由に雇用者を選ぶことができるし、失業してぶらぶらしてもいいが、労働者階級を抜け出す自由はない。もちろん「起業」して資本家階級になるという道はありますが、その成功率は農奴や奴隷が解放されるよりもはるかに低いでしょう。

賃金労働者の特徴は、自分が搾取されているということに気づきにくい点です。彼は表向きは「自らの意志で、雇用者と対等な関係で労働契約を交わし、労働時間のすべてに賃金が支払われる」。これらはファンタジーに過ぎませんが、たしかに労働時間に対して賃金が支払われるのだから搾取は存在しないように思われる。その実態を説明するのがマルクスの「剰余価値」という概念です。ここでは詳しいことは省きます。日本の剰余価値率でいえば、労働者が日給1万円もらうとすれば、だいたい3万から5万円くらいの労働価値を生みだしていることになります。この差額によって経営者は事業を拡大したりプール付きの豪邸を買うことができます。

さて、奴隷は主人に食わせてもらい体調管理してもらえます(馬のように)。農奴は共同体で自給自足的に生活することができました。彼らの生活は搾取されながらも保証されたものだった。一方で労働者は失業したら飢えることになります。労働者の生活はつねに不安定であり、恐怖を伴うものとなります。資本主義の発展とともに鬱病や不安神経症などの精神疾患が拡大していったが、そういったことがひとつの要因でしょう。

賃金労働者を考えるときには、歴史的、経済的、社会的にマクロな視点で見る必要があります。そうして見えてくることは、「賃金労働制」は搾取と管理がより効率的で確実な、支配層にとって理想的なシステムだということです。

賃金労働制は「彼ら」のために存在するシステムであり、私たちのために存在するのではありません。私たちが自由となるためには、この賃金労働制という奴隷制度を破壊しなければなりません。

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