自由を求める人、快適を求める人。

世の中にはこの二種類の人間が存在する。

自由な生活は快適ではなく、快適な生活には自由がない。

奴隷の快適さ

主人はあなたを飢えさせない。凍えさせない。絶望させない。

あなたの死を主人は望まない。あなたが絶望すること、激しい怒りをもって歯向かうこと、逃げてしまうことを望まない。主人の生活はあなたに依存しているから。

主人は奴隷と相互依存の関係にある。主人が奴隷に依存するように奴隷は主人に依存する。奴隷は住むところや食べるもの、着るものに困らない。何も考えなくてもそれは提供される。奴隷が「服従する者」であり続けるかぎり。

奴隷道徳は徹底して私たちに刷り込まれている。賃金労働者として働くこと、家族を養い育てること、集団規範や社会秩序を守ること、依存的な弱者であることは美徳であるとされる。

したがって、奴隷は生について特に悩むことはなく、快適に生きることができる。彼に必要なことは服従することであり、それさえ我慢すれば悪くないものだ。奴隷が生の意味に苦悩する時間は短い。たぶん死の間近になってからだろう。もちろん、突然死んでしまう人もいるし、最後まで満足して逝く者もいる! ……なかなか良い人生ではないだろうか?

自由の不便さ

Heron by Alex Colville

自由は快適ではない。

自由を愛する人間はつねに思考し、苦悩し、歓喜し、行動し、試み、創造する。そうすることで健康で独立した自己を保つ。

自由とは自分が自分の主人であることだ。自分が自分に命じ、自分が自分に服従する。自由人は自分の足で立つ。だれにも頼ることがないため、だれにも頼られない。

自由な人間は、知的、身体的に成熟し、壮健である必要がある。彼は独りで生きてゆくための高い生存能力を持たなければならない。

老人や子ども、病者や不具のような弱者は十分な能力がないために自由を持たない。彼らは自分を助ける他者がいなければ死ぬ。だから彼らは他者に依存する。奴隷や主人も同様である。彼らが他者に依存するのは、もはや独りで生きていけないからである。

自由を求める人間は、孤独に耐える能力と、孤独を喜ぶ本能を持たなければならない。

文明社会は相互依存によって成り立つ。そのため、個人性や独立は悪だとみなされる。自己を主張すること、力を持つことは悪だ。他者と協調し、和合することが善だ。大衆向けの道徳、宗教、学校はそのように教える。必然的に、自由人は大衆から追放される。

自由であるためには「強者」でなければならない

成熟した一個の人間であること。高い能力を獲得あるいは維持すること。そのためには日常的な訓練が必要である。このことが彼を快適さと無縁にする。彼が自分で考えることをやめたとき、自分で物事に取り組むことを忘れたとき、自分を高めることを放棄したとき、彼は自分への確信を失い、自由を失う。

私は自由を求める

自由に至上価値をおくアナーキストにとって大衆は不思議な存在である。なぜ彼らは不自由に甘んじていられるのか?――「彼らは愚かなのだ」「彼らは欺かれているのだ」そう考えることはできる。

私もそのようなアナーキストの一人だった。しかし最近は、不自由な生活が「快適」であるために、隷従的生活は合理的な選択であると思うようになった。彼らは自分独りで立てないのだから、他人に依存するしかない。彼らは「弱い」のだが、それが後天的にせよ、先天的にせよ、彼らのせいとは言い難い。

しかし、世の中の大半の人々が奴隷的生活を好むことと、私が自由を愛することは何も関係がない。私は人々が隷従的生活を楽しんでいるのは邪魔したくないし、そうすることはアナーキズムの原則に反する。私は「馬鹿」ではない。だから私は個人主義的に自由を追求する。

私が望むことは、ひとりの成熟した人間として、子どもや老人や弱者や病人や痴愚や不具のような生は送りたくないということだ。なぜなら、私は、子どもや老人や弱者や病人や痴愚や不具ではないから。

私は今夏で賃金労働をやめるのだが、それは上記の理由による。私はたびたび賃金労働者の生活が快適であることを認めなければならなかった。ただ服従さえしていれば何も考えなくても生活できる。消費活動を楽しむこともできる。一方で、賃金労働者の生活は非常に不自由である。

私は快適な生よりも自由な生を求める。自由のために、快適よりも苦悩を選ぶ。

最も孤独なもの、最も隠れた者、最も脱俗的な者、善悪の彼岸にあって自分の徳の主人であり、ありあまる意志を持つものこそ、最も偉大なものであるべきである。(「善悪の彼岸」ニーチェ)

4 comments

  1. むぅ…しかし衣食住足りて礼節を知る、とも言いますしね………
    完全に自己充足的な生活環境を作るには、まず心身共に壮健である事が大前提、
    特定の科学や工学分野に熟達しているだけでは不十分で、医療知識や緊急時のサバイバルスキル
    その他生活を維持するのに必要とされる術を全て身に付ける必要がある。
    個人の全能性や可能性を信ずる立場としてそうした生活に興味はありますけど、病身の私には難しそうだ…

  2. いつも貴重な記事をありがとうございます。これ程凄いコンテンツを無料で読ませて頂きなんだか申し訳なく思っている次第です。
    ところで御厨鉄さんは福島原発事故についてどのようにお考えでしょうか?「レベル7」というチェルノブイリ級の汚染地に
    住民を住まわせ、さらには避難者を強制帰郷させることは、私的にド級の「構造的暴力」だと捉えているのですが、御厨鉄さんの
    ご見識においてどのような扱いをされるか大変興味があります。いつかこれについてエントリして頂けたら大変嬉しいです。

    1. コメントありがとうございます。
      原発事故は、個人的には大変インパクトのあった事柄です。気が向いたら書こうと思います。

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