人間は到達を好むくせに、完全に行き着いてしまうのは苦手なのだ。(ドストエフスキー「地下室の手記」)

L.E.S. by Carlos Alonso

ニートの退屈

私は一昨年、ニート生活をしていた。

新卒で就職をして、二年も経つと、私は労働に絶望した。労働は死のルーティンだと感じた。私はマルクスを読んで反資本主義者となり、ラファルグやボブ・ブラックなどの影響で反労働主義者となった。

私は仕事をやめた。突然の職場からの失踪という、今考えるとダイナミックな辞め方をした。

私は実家に戻ってニート生活をした。貯蓄は十分あった。そこで私はすばらしい人生を送る予定だった。もはや私にあれこれ命令する者はいない。私は自分の主人になれるのだ、と。貴族的なニート生活を送ることにした。

ニート生活は、たしかに良いものだった。私は好きなことをした。一日8時間ほど読書と執筆をし、プールで2時間泳ぎ、犬の散歩をして、酒を飲んで寝た。たまにバイクで遠出して、キャンプをした。東南アジアを放浪した。控えめに言って、良い生活だった! 極めて平穏にして、無感覚な、ストア派的な理想の体現だった……。

ただ、そこには、退屈があった。ベターな生活ではあったが、最上ではなかった。

賃金奴隷の退屈

ニートの生活は長続きしなかった。自由とはいっても、実家ぐらしなので、当然気まずさはあったし、家にいれる金や、さまざまな出費で、思った以上のスピードで貯蓄が減っていった。そして私はふたたび賃金奴隷となった。

現在、ふたたび就職をして一年以上が経っている。

毎日毎日、朝起きては出社し、つまらない人間たちとつまらない仕事をしている。仕事が終わると、逃げるように職場を離れ、ネットや書籍の「おもしろい人間のおもしろい仕事」を探し求める――その頃には、身体と脳は疲れ切って、休むことを望んでいる。

クソである。

ただ、最近の数ヶ月間は楽しかった。無論労働生活はクソなので、それ以外の面である。なぜ私の生活は楽しかったのか?

それはさまざまなことに挑戦したからだった。ささいなことだ。毎日飲んでいた酒を辞めたこと、運動を始めたこと、節約に励むようになったこと、不毛なネットの動画を見ないこと、車上生活を軌道に乗せるべく努力したこと……。

その結果、酒の呪縛からは解放され、腹筋は割れ、体重は8kg減少し、食費は1万5000円を切り、車上生活は、容易に実現できる目処がついた(夏季を除けば)。しかし結果は重要ではない。

私がそのとき感じたことは、自分の意志によって自分の生活を変えることの楽しさだった。私は自分のしたいように、自分の力によって、自由に人生を動かした。私にはつねに何かしらの目標があり、やるべきことがあった。無論、努力や工夫が必要だったのだが、それも喜びだった。

現在はふたたび退屈に襲われているわけだが、それは、運動や節制の習慣が身につくと、そのこと自体は当たり前になってしまうからだ。

何か別の目標をつくる必要がある。

創造の生活

「人生はコンフォート・ゾーンを抜け出すところから始まる」とだれかが言っていた。

ニート礼賛は、労働批判の対概念として、つねにあるものである。労働生活があまりにクソであるために、しばしばニート生活はすばらしいものとして理想化される。しかし、労働から解放されればすなわち充実した人生が待っているわけではない。そして、労働生活をしながらも、目標をもてば充実した生き方が可能だ。それはやはり難しい道ではあるけれども。

結局、創造的人生を歩むこと、これがもっとも必要なことだ。

奴隷として生まれたにせよ、貴族的ニート生活が可能にせよ、私たちは自分の人生に責任を持ち、自分の人生の主人とならなければならない。

賃金労働者であることは監獄にいるようであり、奴隷のようだ。だが同時に、脱獄を企むことはスリリングな楽しみであり、奴隷一揆は刺激的な挑戦である。私たちは社会システムによって虐げられている。これは事実だけれど、問題はそれからどうするか、だ。

だれかの同情を請うのか? 人生に絶望するのか? 強い人間が救ってくれるのを待つのか? ……奴隷根性が、心の底まで染み付いてるな!

私たちがしなければならないことは、自分の力で自分の生活を勝ちとること、これである。

力を鍛えること。狡猾に立ち回ること。環境に挑戦すること。リスクを冒すこと。倒れても起き上がること。傷や痛みを強さにかえること。

6 comments

  1. ソーセージパーティーという映画を見ました。
    エログロギャグに宗教の要素を足した映画で、陰謀論者が好きそうだな~なんて思いつつ見ていたのですが、結末は(全ての人が自由を求めていると考えている)アナーキストの理想の革命が実現するというような内容でした。
    PVとレビューを見れば大体の雰囲気は分かると思いますので、もし気が向くようでしたらアナーキスト視点での感想を聞いてみたいです。

    1. 予告がめちゃくちゃおもしろそうですね。
      時間があれば観てみようと思います。

  2. いつも楽しくブログ拝見させていただいております。

    >賃金労働者であることは監獄にいるようであり、奴隷のようだ。だが同時に、脱獄を企むことはスリリングな楽しみであり、奴隷一揆は刺激的な挑戦である。

    この考え方というか表現…良いですね。
    私も若い内に脱獄を実現したい。

  3. 御厨鉄さんの凄いところは言葉をちゃんと身体化していることですね。つまり言葉をきちんと(消化し)肉化したうえで運用している。これは貴方の歳でなかなかできることではありません。今後は独自に何かを主題化して、ぜひ本を書いて下さい。

  4. はじめまして、面白い記事だったので記念にコメントしました。
    現代社会が腐敗しているというのはなるほど、と思うと同時に現代を生きるには覚悟がいるんだなと感じさせられました。
    これからも記事作り楽しみにしています。

  5. 力強いvoice
    私は、“誰かの同情を請うのか?…からが好きかな。
    その通り。
    自分の置かれた環境に対して、愚痴や泣き言ばかり…そして結局、何もしない様な人生はつまらないと思う。

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