2019-09-29
  • 高い人口密度
  • 固定的な人間関係
  • 分業と階級秩序

定住者の生活はだいきらいだ。

そこには自由がない。以前、快適と自由はトレードオフだと書いた。たしかに定住生活にはたっぷりと「快適」がある。

もっとも不自由とされる囚人は、ある意味で非常に快適である。彼らは明日着る服や食べる物に悩まされることはない。住むところや日々の仕事も決められている。おまけに安全だ。

囚人は、完全に支配管理されており、自らにふりかかる超越的な権力に対して無力である。監獄――最近は「更生施設」と呼ぶ――で彼らが学ぶのは「服従」というよりも、そのもたらす「快適さ」なのだろう。

なにかに服従して生きることは快適だ。

システムは従順で温和な労働者を大量に必要とする。有閑階級がうまれて以来、彼らエリート層の第一の関心事はそういった生産階級をうまく管理することだった。支配者に反逆させず、逃げださせないためにはどうすればよいのか。

幼少期からの教育による条件づけ、支配的な世論や常識の形成、同胞との分断統治……。そして重要なことは、快適さを与えること。システムの維持・拡大に貢献させる一方、彼らに快適な生活を与えることも重要だった(生かさず殺さず)。

管理された生活が快適でしかも「善い」生活であるなら、自己決定に固執する必要はない。(マルクーゼ「一次元的人間」

人間の頭脳は狼にとっての牙のように危険だ。牙は抜かねばならない。

クリックすれば商品が手に入る、スイッチを押せば調理・洗濯・掃除される。「快適」な生活は、脳を退化させてゆく……。彼らはシステムに対して要求する。「もっとだ! もっと俺たちを快適にしてくれ!」。快適さは無知とシステムへの従順を生む。日々の労働の時間以外は、彼らは口を開けてエサを待つだけの家畜となる。彼らは自由を恐れるようになる。自由は快適ではないから……。

しかし、システムに馴染めない人間はどうしても存在するものだ。彼ら少数者はシステムにおいて苦しむ。しかしそのはじめは、自分の苦痛や苦悩の理由がわからない。私たちを快適にしてくれて、だれもがほめたたえるシステムのなかで、なぜ自分が苦しむのか。「私のどこかがおかしいのだ」と彼らは考える。そして、「私を治してください」と医者に助けを求める。そこで「治る」人間もいる。しかし、別の人間は、「自分」ではなく、「自分以外」がおかしいのだと知る。

そう、苦悩は知性を育み、知性は人間の目を開かせる。

そして、システムのつくりあげたヴァーチャルな世界のほころびに気づかせる。

Demon looking to the valley by Mikhail Vrubel

私はこのように世の中を認識している。この認識は、おそらく正しいし、変わらないように思われる。

このようなことは、まだ世の中を知らない人にとっては信じられないことだし、世の中をよく知る人にとっては当たり前で退屈なことだろう。

そう、こんなことは前提でしかない。システムを理解しても、生きるということは難題だらけである。私自身、ニートになってから試行錯誤しているが、どのように生きるべきか、それはまだ明白ではない。

少なくとも、システムに沿った生き方をしようとは思わない。私は生産(労働)と再生産(結婚)をしないで生きようと思っている。(もっとも、私は過度に反システム的になる必要はないと思う。システムと自己利益が合致するときは、システムに利用されるのではなく、利用すればよい)。

いまは、賃金労働のない生活をサステイナブルなものとするために戦術を練っている。それは看守(システムの管理者)となるのではなく、システムからの「脱獄」である。

システムから自らを解放するためには、世間の価値観から解放される必要がある。世間の要求をひたすら拒絶し、ときに敵対しなければならない。そのあり方は、必然的に、孤立と疎外を招くだろう。それでも私はただ自分のみを信じ、自分のみを頼み生きるだろう。

そのような生き方は、人間というよりは、鬼の生き方なのかもしれない。

最近、私は自分が鬼や悪魔の類なのだと考えている。もう少し柔らかく言えば、異邦人、アウトサイダー、異人。

私はそのように生まれついた。そのことは変えようがないように思う。事実、私は自分を変えようと何万回も試みた。しかし、自分を「治す」試みは、すべて無断に終わった……。

「私は鬼である」。そうつぶやいてみると、自分のもって生まれた峻酷な運命を呪いたくなる一方、すがすがしい解放感を覚える。

2 comments

  1. はじめまして。
    シュティルナーに関する日本語情報をググっている中で貴ブログの記事を拝見し、以降定期的に拝見しておりました。
    本記事での「ヴァーチャルな世界(私は「Designed Reality」と呼んでいます)」についての記述に、私の考えにとても近いものを感じまして、嬉しくなりコメントをさせていただいた次第です。
    御厨鉄さんのような徹底した態度をとることは私にはまだ叶いませんが、今後も陰ながら応援しております。

    1. Designed Realityっていい表現ですね。
      私の翻訳はめちゃくちゃですし、私のシュティルナー理解も誤読が多いと思いますが、多少なりとも役に立てば幸いです。

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