2019-03-13

「あなたは奪ってはならない! あなたは殺してはならない!」

――そのような言葉を、人びとはかつて神聖と考えた。そのまえに膝まずき、頭を垂れ、靴をぬいだ。

しかし、わたしはあなたがたにたずねる。そうした神聖な言葉以上の略奪者や殺害者が、かつてこの世にあっただろうか?(「ツァラトゥストラはこう言った」)

「法律」はひとつの信仰です。

民衆にとって、法律は道徳です。「法律を破ることは悪いことだ」と考えられています。

支配層にとって法律は、階級秩序の維持のためにある。

この構造は、あまり知られていませんが――実は宗教とまったく同じなのです。

ビーズアート ヤスニコル氏 ツイッターより

非合法主義の実践

犯罪で得た金は働いて得た金よりもはるかに甘美だ

そういうわけで、アナーキズムのなかでも割と異端な「非合法主義illegalism(違法主義?)」に私は最近傾倒しているのですが、非合法主義の実践はどのようなものか、コラムを読んでみましょう。

原題は「Illegalist Praxis ― Notes on a Decade of Crime」。必要に応じて見出し、太字をつけています。著者はブラック・アナーキストのEl Errante, Paul Z. Simons。

(私はときどき、無法者の世界にいたときのことについて尋ねられるときがある。他者に非合法とみなされるような現今の活動については黙秘するとしても、初期の不法行為については、時効が私に味方をすることに気づいた。本題に入る前に、ひとつふたつ免責しておきたい。第一に、私が故意にだれかを物理的危害を加えたことはないということだ。物質的危害? 財産的危害? それらは話が異なる。第二に、私の犯罪活動のほとんどは生き残るため、ときに絶望によって――食べる必要、住居の獲得、腕に刺す注射針のため――起こされたということだ。私がそれらの行動の政治的影響、つまり国民国家と資本に対する拒絶として瞬間であることについて気づいたのは後のことである)

基本用語

強盗――通常、武装している。金銭や商品を店舗または人物から奪うために武力、または脅威を用いること。私とともに行動したほとんどの人々によって、杜撰な、暴力的で、通常反生産的だとみなされていた。単に相手の裏をかくだけで傷つけずに持ち去ることができるときに、なぜ個人や事業所を脅迫するのか?

侵入盗――高価な財産や現金のために侵入、潜入すること。

バーン・アンド・リターン――高価な商品を店舗から盗み、それを返品し現金を得る。私の犯罪時代の大部分はこのカテゴリーに入る。

万引き――店舗や事業所の財産を(営業時間中に)盗むこと。子どもの遊びだ――危険でバカげている――キャンディー・バーと手錠を交換しようというのか?

簡単な哲学的な脚注。犯罪で得た金は稼いだ金よりもはるかに甘美である。個人は自分自身、または集団によって、愚かなボスとそのセキュリティ対策を考え抜き、出し抜き、勇気によってやり抜き、不当に得た金銭を比類なき報酬に変える。さらに、その時間は短く神経をつかうにせよ、決して退屈ではない。

奇妙なことだが、侵入盗をする最良の方法は目標とする店舗での職を得ることである。一般的に、そこはたくさんの現金を持っており、預金管理がだらしなく、侵入警報が「単なる見せかけ」であると十分に知ることができるところである。一週間か二週間バカバカしい仕事をすれば、準備は完了だ。近隣は夜中で完全に静まり返っており、そこには何年も使われていない裏口があり、うまくいけばその入口には窓がある。タイミングが鍵となるのであり、私は月曜、火曜、または水曜の朝の3時から4時をおすすめする。警察のすべてのシフトが変わる時間であり、警備員が(いるとすれば)コーヒーを飲みながらなんとか起きようとしており、近隣住民は布団にくるまっている。窓は布を巻いたハンマーや鉄の棒でガラスをつきやぶることができ、鉄格子はタイヤ・ジャッキで簡単に外すことができる。もし背面がライトで照らされている場合はそれを外してしまう。窓が高い位置にあれば、届くように自動車を利用する。現金が隠されていると知っている場所へ駆け、そして出る。バック・ミラーを覗いてきれいであることを確認し、走り去ろう。何事も起きなかったかのように。侵入盗の報酬は驚くべきもので、短い場合はたった20分以内でほぼ5000ドルを持ち帰った。ときにがっかりすることもある。一つの侵入盗でほぼ一時間かかり、稼いだのはたった300ドル――しかしそれは例外だ。

バーン・アンド・リターンは、郊外の資本主義の要塞である「ボックス・ストア(大規模小売店)」に特有の犯罪だ。一般的に、ボックス・ストアは「do it yourself」タイプの幻想を持つ郊外住民に対してアピールする必要がある。したがって彼らの返品規約はめちゃくちゃにゆるい――ジョーが40ワットのヒューズが必要なときに80ワットのヒューズを買ったときのように。さらには、通常レシートが必要なく、その前週に返品していない限り、100ドルまで返金処理をする。私の友人がしばしば言っていたように、「ホーム・デポはジャンキーのATMだ」。どうやるかといえばこうだ――君は普通の客に見えるようゆったりとボックス・ストアに入り、100ドル近くの価値のものをポケットに入れ、出口から出る。同じブランドの別のボックス・ストアに向かい、それを返品する。トリックとなるのは、異常に頻繁に返品していないかどうかを確かめるために、彼らがつねに君のID、または免許証を確認するということだ。幸運にも、これらの悪行が起きた私の住んでいた州では、運転免許証の数字は赤のフェルト・ペンやタバコの灰、そして偽造の手心によって簡単に変えられた。例えば、私の運転免許証番号は三つの「8」を含んでいたが、これは簡単に「6」や「3」に変えられた。したがって私は盗んだクソを返品するときのための膨大な配列を持っていた。ただしそれが行われていたのは90年代で、ボックス・ストアのどれもが中央コンピューター記録を保存していなかったことは注意すべきだろう。ひとつのロウズ(DIYのチェーン店)から別のロウズへ行くには一つの惑星から別の惑星へ行くことに似ている――「私を返品ラインに連れてって」。また、それらの店舗のセキュリティがまったくひどいものだったことも注意すべきだ。ある午後。私と友人のグループが、特別注文のひとつとして、ホーム・デポからバスタブ、流し台、鏡のセットを奪った――そして、重たい浴室セットを運び、鳴り響く盗難探知機の間を通るときでも、だれひとりとしてなんら注意を向けなかった。

最後に、自動車窃盗だ。これは私の経験の中では外部的だが、重要だった。自動車窃盗は、法執行機関にとっては、その名――グランド・セフト・オート――が運命づけるかのように莫大なものだった。したがって、絶対的に自動車が必要なとき――窓に手が届くためにとか、ボックス・ストアからの逃走に必要な場合にのみ使われていた。トリックはとても簡単だ。人々は怠惰である。友人も私も実際に短絡させるスキルを持っていなかった。しかし、そうする必要もなかった。当時は信じられないほど多くの人々が、鍵を車内に残して、車を路上に放置していた。クレイジーだった。あるときには、二人の友人と真夜中の通りを歩くと、1台のブロックで、私たちが盗むことのできる3台もの車を発見した。私たちは一つだけ盗った。私たちはつねに車両を傷つけずに、どこか彼らが見つけられるところに置いてきたことは書いておくべきだろう――あるときにはお礼のメモさえ残した。カマロは私が思うに――甘美な乗り味だった。

最後に、これらの活動ははるか昔に過ぎ去った銀河で起きたことを述べておこう。90年代に特別なことであり、君の犯罪経験はまた異なるものだろう。私の考えでは犯罪は政治、絶望、楽しみの間のレゾナンスとして機能する。そして反乱をトライアンギュレーション(多角化による分析)するには? 多くの幸福な逃亡をMany Happy Escapes。

終わりに

犯罪の話はつねに楽しい。

犯罪には創意工夫があり、怜悧な知性と大胆な勇敢さがあり、一種の哲学さえ感じられる。

一方で、私たちの大半が送っている賃金奴隷の生活はどうでしょうか? 驚くほど単調です。何の創意工夫も刺激もなく、半分眠ったような管理された生。死ぬほどつまりません……。

まるで野生動物と家畜の違いのようです。

現状、私は犯罪が合理的選択となるほど貧しくないので自分ではしませんが、生活に困窮したら何でもやるでしょう。それはひとつのサバイバル技術であり、反資本主義・国家の政治的実践でもあります。

 

さて、上の文章でおもしろかったところをピックアップします。

まず私たちに身近な? 万引きですが、これはバカバカしい行為として退けられています。ハイリスク・ローリターンというわけです。まさに中高生レベルの犯罪といえるでしょう……。

そして、がっぽり稼ぐには侵入盗が勧められています。そして成功させるためには実際にその店の職につけ! というのもおもしろいです。犯罪後に足がつかないんでしょうか。

まあ、こういう窃盗って警察に届けられることが少ないと言われています(時間コストの割に犯人が捕まらないケースが多い&騒ぎになると店の評判が落ちる)。特に日本の場合、銀行強盗が届け出られるのは2割ほどと読んだ覚えがあります。

バスタブのくだりはもはやコメディですが、昔の2chにも家電屋からテレビやパソコンを持ち去る人の投稿がありました。意外とバレないんですね。

ほんとうに笑ってしまったのが、車のキーを車内に置いたままにする人! これは私です。

非合法主義と個人主義的アナーキズム

意外かもしれませんが、非合法主義はアナーキストのなかでも異端の部類です。

特に集団主義的なアナーキストの間で犯罪がご法度なのは、警察や公安の必要以上の介入を招くこと、また世間への啓蒙において民衆からアナーキストへの偏見を招くという理由からです。言ってしまえば、「爆弾を投げるアナーキスト」「北斗の拳のヒャッハー」的なスティグマを強化する結果になるからです。

また、先に述べたように法律のイデオロギーは宗教以上に強固なので、犯罪はよくない、暴力はよくないと洗脳されたままのアナーキストも多いです。

犯罪主義を主に支持するのは個人主義的アナーキストです。彼らは直接行動によって日々革命を実践していくというスタンスです。実は私の車上生活の計画もひとつの小さな革命的実践です。

 

階級とは、少数の勝ち組が多数の負け組から奪う構造のことです。

国家―資本主義の階級構造の中では、勝ち組が負け組から奪うことは合法とされます(例えば、徴税、賃金奴隷制)。一方で負け組が勝ち組から奪い返そうとする試みはすべてが「犯罪」とみなされます(銀行強盗など)。

法律はそれ自体に正当性はなく、つねに少数者が多数を支配するための道具でした。法律を合理的なもの、正当なことと考えることは、支配構造の強化につながるのです。

1 Comment

  1. 支配階級に身を置き、強欲を極めるのか、慈善家になるのか。
    被支配階級として、犯罪者に成り下がるのか、義賊として讃えられるのか。
    階級構造よりも活動の目的の方が重要な気がします。

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