2019-09-10

賃金奴隷からニートになった。

これが二回目のニートだ。私はこう言おう。

  • 賃金労働者は楽である。
  • ニートは過酷である。

労働者の安逸

賃金労働者たちの声が聞こえる……「なんだって? 怠け者はニートの方だ!」「俺たちは社会の義務を果たしている! 苦労しているんだ!」。

まず、単純に考えよう。

ほとんどの人間が行っていることに困難なことはない。人は易きに流れるものだ。そして大部分の人間は労働者となる。このことの意味は……労働者でいることは易しいことなのだ。

たしかに労働は大変だ。週に40時間働くのは、だれにでもできることではない。毎朝遅刻せずに出社する、そのためだけでもどれほどのエネルギーが費やされているかわからない。毎日行きたくないところへ行き、会いたくない人間に会い、やりたくない仕事をする。

さらには、どれほどマルクス主義が嫌いだろうと、君は確実に「搾取」される。つまり10を稼げば7~8は経営者が持っていき「絞りカス」の賃金である2~3からさらに半分が税金で持っていかれる。抑圧された哀れな労働者たち。どうしてこの生活が「楽」なのだろう?

説明しよう。賃金労働者は、何も考えなくていい。ただ言われたとおりに動けばよい。自分のしていることの意味や価値を考える必要はない。君はさまざまなことをする。フライドポテトを揚げるかもしれないし、新規プロジェクトの指揮をとるかもしれない。しかし根本的には同じだ。「言われたとおりに動く」こと。そのことだけに注力すればよい。そうすれば君は毎月の給料がもらえて生活が保証される。運がよければ高級車のようなガラクタを買えるだろう。

シモーヌ・ヴェイユが工場労働をしていたときにある女性工員がこういった。「わたしたちは、機械と同じように扱われているのよ……だれかほかの人が、わたしたちにかわって、考えてくれるのだわ……」(「労働と人生についての省察」)。そう、考えることは君以外のだれかがしてくれる。上司や経営者が君の脳となる。

君の舵をとるのは彼らだ。

君はただ、彼らの手となり足となり――ただの金儲けのための、だれにでも代替可能な、細分化された労働をこなせばよい。

簡単ではないか?

君は自分の人生の意味を考えなくてよい。とりあえず、就職して毎日きちんと働けば、君は「社会人」となり、だれにも文句を言われない(なぜならそれが「常識」であり、常識とはシステムがつくりあげるものだから)。毎日雑事に追われて、自分の人生のことを深く考える必要もない。

「そんなことはない! 私の仕事は創造的で、自分の意志で労働しているのだ」。私は世の中に創造的な仕事があること、それが楽しみ多く意義のあることを知っている。しかし、そんな仕事はわずかだ。例外的でしかない。さらには、君は仕事に対して自由に取り組めるだろうか? 君は独創的なアイデアに対して、もし上司がノーをつきつけたらどうだろうか? 君には為す術もない。

「私は社会の役に立っている! 社会の義務を果たしている!」「私がいなければ、会社は大変なことになる!」。世の中で意義のある仕事を探すことは難しい。私は医者が生命を救うことすら懐疑的だ。救うべき人間などわずかなのだから。実際、医者なんていない方が、人間は自然に死に、人口が適度に調節され、人々のQOLがあがるかもしれない……。(ペストのような疫病でさえ、ただ「田舎に逃げる」だけでよかった。人口過密の不衛生な都市を維持させること、それがまさに医療の仕事であるといえる)。

ともあれ君は代替可能な歯車だ。試しに辞めてしまえばいい。「労働者の権利」とやらで、二週間もあれば退職はできる。さて、会社はどうなるだろうか? 少し波が立つくらいだ。潰れはしない。君がいなくても十分まわる。もっとも、会社は悲しむ。君は安くこき使える便利な道具だったから。もし会社が潰れたとしたら――君がいてもいなくても、早晩潰れていただろう。

「言われたとおりに動けばいいだって? そんな態度だから社会でうまくやっていけないのではないか? 私は指示される前に動く! 自発的に自律的に動くのだ」――もう私は何も言えない。

賃金奴隷とはなにか?

犬である。

すべきこと:服従。

それを守る限り、君は住処とエサには困らない。その他は考えなくてよい。

簡単ではないか?

ニートの受難

一方で、ニートの生活は……大変である。実は、私は二度目のニートになって、ここまで生活が大変だとは思わなかった。

主人はいない。導くものはいない。君を指図する「脳」はない。君は正しいのだ、まともな人間だと教えてくれる「常識」もない。毎月一定額振り込まれる給料もない。

君は何をするかを自分で決めなくてはならない。何をするか、何をしないか。どこへ行くか。どの用事をいつ済ませるか、いつ食事をとり、休息するのか。

君は自分の価値も自分で定めなくてはならない。君は何者であり、何者であるべきなのか。自分がしていることは価値を生むのか。意義を生むのか。

「そんなことは簡単じゃないか?」と賃金労働者の方々は言われるかもしれない。が、大変なのである! なぜかといえば、

私たちはそのように育てられていないから。

考えてみよう。

文明が生まれてから、少数のエリートが大多数の生産階級を管理するシステムが構築された。システムは従順で調和的な労働者を大量に必要とする。彼らを生産し、管理するシステムは、はじめは宗教や王の権威が利用されたが、現代ではより効率化された。つまり、学校やマスコミが主要な役割を担うようになった。

それらを通じて、ときに家庭や友人を介して、私たちはよき労働者となるよう指導される。彼らは言う。「自分勝手ではいけない。周囲の人のことを考えなさい」「ルールを守りなさい。目上の人の言うことを聞きなさい」。こうして私たちは他人の規範や道徳の奴隷となる。

さらには、私たちはその指導を内面化する。「偽りの自己」をつくりあげ、「本当の自己」を抑圧する。私たちは自らの抑圧者となる……。だれかの道具であることを誇り、喜ぶようにさえなる。

一般的なニートは、せっかく職場や教室から解放されたのに、つぎには自分で自分を監獄に入れてしまう。「引きこもり」は自分自身の看守になる。「働かない穀潰しは、だれの役にも立たないのだから部屋のなかに閉じ込めておくべきだ」と考える。ここでは偽りの自己が、彼の「本当の自己」を抑圧し隠蔽しているのである。

ニートとして生きるときには、自らの精神に植えつけられた道具的自己を破壊しなくてはならない。自分の内なる声に耳を傾け、本来の自己にならなくてはならない。

つまり、君はニートとして生きるとき、生まれ直さなくてはならない。一度世界を滅ぼし、自らを殺さなくてはならないのだ。

そしてニートが充実して生きようというときには、システムに全面的に反逆することになる。学校、家庭、企業、国家といったコスモス的な世界に対して、君はアンチコスモスの立場をとる。君は反逆者、アウトサイダー、独り立つ者となる。

困難ではないか? ほとんどの人間にこの道を歩むことはできない。

勤勉なるニート

前にも書いたが、自由人こそハードワークをすべきだし、賃金労働者は可能な限り怠けるべきだと私は考えている。暇で何もすることのない自由人、身を粉にして働く賃金労働者はいずれも不幸への道筋である。

私は賃金労働は嫌いだが、労働は嫌いではない。なにかにひたむきに作業しているときやなにかを達成したときには非常に充実感を覚える。肉体も、精神も、使ってこそ力をつけるものだ。私は自分にしかできないことがあると思っているし、そういったことをしている方が楽しい。

私はバガヴァッド・ギーターより仏典が好きだ。仏教はニヒリズムだからだ。つまり、真実に近い。一方で、仏典よりもバガヴァッド・ギーターが好きなところがある。それは瞑想して何もしないよりは、ひたすら自分の本性に従って行為せよと説いたことだ。

私はエゴイストでニヒリストである。人間の存在に価値を認めていない。私がすること、世界のあらゆる人間がすることに価値はないと思う。これは絶望である。絶望なのだけれども、その過酷な現実をあえて受け入れて、行為に没頭する。私はそのように生きるだろうと思う。

なんだか観念的になってしまった。

とりあえず……私はニートになった。そしてニートの生活が思ったより困難なので、この記事を書いた。うまくいけばニートをつづけるけど、そうでなければ賃金奴隷に戻るだろう。ともあれ、当面は放浪でもしながら生きていこうと思っている。

6 comments

  1. 御厨さんは蛟龍ですね。金銭的に成功しないのはやるせない思いがします。自分の考え方を一変させる力を持った人なのに。

  2. 主のような異端が示す考えは面白いし、ハッとさせられる。でも、だからこそ、つまらない一般になんて目を向けてくれなくてもいいんだぜ。嫌味じゃなくて本当に。

    僕も早く一般と異端の間の揺らぎから抜け出したい。もちろん異端側に。

    1. ニートになって思うんですが、世間と関わるのも大事だと思います。
      世人と関わると、「自分は彼らよりも正しい」と認識できるし、彼らと反対の道を歩もうという意欲もわきます(距離のパトス)。
      ニートになって人と関わらなくなると、自分の位置や目標がわからなくてふわふわしてしまう。
      まあ、慣れの問題かもしれませんが……。

  3. トレードしながら旅するなんて、どうですか?
    トラベルトレーダー。
    楽しそう♪
    面白いと思う。

    1. 株はわりと好きで続けてるんですが、短期売買は苦手なんですよね……。
      今興味があるのは不動産投資で、地方をまわりながら物件を見ていくのもおもしろいかなと思っています。

  4. NEETでいる間は楽器語学思想書購読ができますね。
    私は逆に最近ある種の社会復帰をして、ネットでもまた覗いてみるかと、
    このサイトに行き着いた。
    アナーキストを自称したサイトは少ない、リバタリアンは多い、
    後者の方が宣言しやすのか、。
    リバタリアニズムは政治的立場として語り得るけれど、アナーキズムは殆ど境地でしかないのか。
    実はいい線まで行ったんだけど。1917年10月のマフノ、36年のスペイン。
    Stirner(1806-56)Marx(1818-1883), この生没年のずれは決定的だったのかもしれない。
    Stirnerの場合は実際の活動は46年位で終わっている、48年革命には反応なしだし。
    ドイツ・イデオロギーが活字になったのは、20世紀になってからだから、Stirnerに反論/論破の機会は
    与えられなかった。共産主義という妖怪はマルクスの予言通り欧州、ユーラシアを駆け巡り、スターリン、
    毛沢東、ポルポトを産み落とした。

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