「世界にはふんだんにモンゴンゴの実があるのに、何故わざわざ作物を植えなければいけないのか?」

人間は数百万年間、狩猟採集民として暮らしてきた。

一万年前、農耕が始まった。

そこから国家、戦争、税金などの厄災が生まれた。

狩猟採集民は人類史上、もっとも成功した永続的な社会を作り上げてきた。対照的に、私たちはそれが解決可能かもわからずに、農耕のもたらした混乱と闘争している。

銃・病原菌・鉄」で著名なジャレド・ダイアモンド氏の「The Worst Mistake in the History of the Human Race(Discover Magazine)」という記述がおもしろかったのでかいつまんで紹介します。

The Enchanted Owl 1960 Kenojuak Ashevak 代表的なイヌイット・アート。

人類史上最悪の誤り

人類史は本当に「進歩」の歴史か

私たちは直線的な歴史観を持っています。

人類は進歩し、発展してきた。かつてに比べて、私たちの生活は良くなっている、と。

しかし、遠い昔のことを知る人々――考古学者は、そのような信仰を打ち砕く事実にしばしば直面します。

私たちの持つ科学は人間の独りよがりな自己像を劇的に変えてしまう。天文学は私たちに地球が宇宙の中心なのではなく、巨大な天体の数十億の星星の一つに過ぎないことを教える。生物学によって私たちは神に特別に創られた存在ではなく、他の幾多の動物たちと一緒に進化してきたことを教える。今、考古学はもうひとつの神聖な信仰を破壊しようとしている。

ホッブズ流の「自然状態では人間はおぞましく、残酷で、短命だった」という考え方は考古学によって否定される神話であることをジャレドは指摘します。

農耕によって人々の生活は良くなったか

なぜ人類は農耕に移行したのか?

進歩主義者は言うでしょう。

もちろん彼らは農耕がより多くの食物を少ない労働で得る上で効率的だったから採用したのだ。栽培された穀物は根や果実よりもはるかに多く収穫できる。想像してみてほしい。野蛮人の一団が、木の実を探すことや獲物を追うことに疲れたとき、突然はじめて果樹園や羊でいっぱいの牧草地を見たときのことを。

しかし、現実には違います。狩猟採集民の多くは、農耕を採用することを「迫られた」のでした。

余暇が多く、たくさん眠る狩猟採集民

世界中の至るところに散らばる、カラハリのブッシュマンのようないわゆる原始的な民族の数十人のグループは……余暇の時間を豊富に持ち、十分に眠り、農民の隣人よりも労働は過酷ではなかった。たとえば、食料を獲得するための週の時間は、ブッシュマンにおいては12時間から19時間、タンザニアのハッツァ遊牧民族では14時間、もしくはそれより少ない時間しか働いていない。あるブッシュマンは、なぜ近隣の部族の真似をして農耕を採用しなかったのか問われたときに、「世界にはとてもたくさんのモンゴンゴの実があるのに、どうしてそうしなければならないのか?」と答えた。

「週に十数時間しか働いていなかった」……これはプリミティヴィストらによってしばしば語られる主張ですが、「食料獲得のための時間」であり、実際の「労働時間」ではないことに注意が必要です。拾ったクルミを割ったり、調理する必要があるので実際の労働時間は8時間に近いという主張(by テッド・カジンスキー)もあります。

ともあれ農耕よりはハードワークではなかったことは事実でしょう。

農耕民の貧しい食事「チープ・カロリー」

農民は米やじゃがいものような高炭水化物の穀物に集中する一方で、現存する狩猟採集民の野生の植物と動物の食事法は、より多くのタンパク質とその他の栄養素のバランスに優れている。ある研究では、ブッシュマンの平均摂取カロリーは(その食料が豊富なとき)には2140キロカロリーと93グラムのタンパク質であり、彼らの体格から考えられる推奨摂取量よりもかなり多くの量である。75種類程度の野生の植物を属するブッシュマンが、1840年代にジャガイモ飢饉によって数十万人死んだアイルランドの農民やその家族のように飢餓で死ぬとはほとんど考えられない。

農耕の食事は米やじゃがいものような高炭水化物の穀物に集中するために、食料バランスは崩れ、不健康な人間が生まれました。

また、わずかな種類の作物に依存するために、一度飢饉など起きると地獄絵図となりました。

農耕が生みだす栄養不良

古病理学者が骨格から学ぶことのできることは、身長の歴史的変化である。ギリシャ人とトルコ人の骨格が示すところは、氷河期末期の狩猟採集民の平均身長は男性で5.9フィート(175cm)、女性で5.5フィート(167cm)だった。農耕を適用することによって、身長は崩壊し、紀元前3000年までに男性は5.3フィート(161cm)、女性は5フィート(152cm)しかなくなった。古代において身長は非常にゆるやかに再度上昇したが、現代のギリシャ人とトルコ人はまだ彼らの遠い祖先の平均身長を取り戻していない。

農耕によって男女ともに14~15cm身長が減りました。

実は、日本人もこの1世紀で15cm伸びたと言われており、いかに栄養状況が身長に影響を与えているかがわかります。「食の欧米化」はしばしば悪く言われますが、肉と野菜をしっかり食べる方が身体にはいいのです。

狩猟採集民はさまざまな食事をとっていたが、初期農民は食事を一種類または数種類のでんぷん質によって得ていた。農民は貧しい栄養素の犠牲としてチープ・カロリーを得た(今日、たった三つの高炭水化物植物――小麦、米、とうもろこし――は人類のカロリーの大半を供給しているが、いずれも生命に必須のビタミンやアミノ酸が欠如している)。

これは自然な話で、人間は狩猟採集民としてデザインされているので、農耕による「不自然な」栄養では必要な栄養が得られない。

農耕の栄養不良による疾病

マサチューセッツ大学のジョージ・アーメラゴスとその同僚による研究では、初期農民は新しく発見された生活の代償を払っていた。彼らの前身となる狩猟採集民と比べて、農民は栄養失調の指標となるエナメル質の欠損が50%近く増大し、鉄欠乏性貧血が四倍に増えていた(気孔性骨増殖症と呼ばれる骨の状態によって証明される)。そして感染症を反映する骨病変の増加、おそらく過酷な肉体労働を反映する背骨の変形が見られた。「前農耕共同体における平均寿命は約26年だった」とアーメラゴスは語る。「しかしポスト農耕共同体のそれは19歳だった。したがって、これらの栄養的ストレスと感染症のエピソードは、彼らの生存能力に深刻に影響を与えていた」。

農耕は栄養不良を生みだし、過酷な労働による肉体の変形を生み、そして深刻な感染症を生みだした。

結核と下痢性疾患は農耕の台頭を、はしかとペストは大都市の出現を待たなかればならなかった。

狩猟採集民の人口密度は10平方マイル(約25.9平方キロメートル)に一人以上いることは稀であり、その一方で農民は平均してその百倍だった。

私たちは抗生物質を偉大な医学の発明だと考えますが、そもそも密集して生きなければ不要なものなのです。

ちなみに、「平均寿命26歳? 怖い!」という人がいるかもしれませんが、死ぬのはほとんどが幼児であり、あとは高齢者(70歳以上)で、その中間の人々の死亡率は現代と変わらないと聞いたことがあります(ソース失念)。

農耕が芸術を生みだしたか?

しばしば農耕の生みだした余暇の時間がパルテノン神殿やミサ曲ロ短調を作りだしたとされる。

しかし、農耕以前にも狩猟採集民が芸術的な活動をしていたことは明らかです。

現代の狩猟採集民は少なくとも農耕民と同じくらいの余暇の時間を持っていた。余暇時間を決定的要因として強調することは、見当違いであるように私には思われる。ゴリラは自らのパルテノン神殿宮殿を建てるのに十分な時間があるだろう、もし彼らが望むのであれば。農耕後の技術進歩は新しい芸術形態を可能にし芸術の保存を容易にしたが、偉大な絵画や彫刻は15000年前からすでに狩猟採集民によって生産されていた。そして現在でもエスキモーや太平洋岸北西部のインディアンによっていまだに生産されている。

太平洋岸北西部芸術の一つ。サンダーバードに変身するための仮面。19世紀に制作。
群馬県渋川市で発掘された縄文土器。紀元前3000~2000年。

農耕の最悪の呪い「階級断絶」

アナーキスト的に農耕はクソな理由が描かれています。

栄養失調、飢餓、伝染病に加えて、農耕は人類に対するもう一つの呪いをもたらした。深刻な階級断絶である。狩猟採集民はほとんど、または一切食料の貯蔵をしなかった。そして果樹園や牛の群れのような集中した食料源がなかった。彼らは日々得られる野生の動物や植物によって生きていた。したがって、そこには王はなく、肥満になったり他者から食べ物を奪うような社会的寄生虫の階級はなかった。

資本主義のイデオロギーはつねに「階級は自然なことだ」と教えますが、実際は階級は不自然なものであり、人々は平等に生きることが自然なのでした。

ミケーネにおける紀元前1500年頃のギリシャの骨格が示すところによれば、王家は通常よりも良い暮らしをしていた。このことは、お受けの骨格が2インチから3インチ高く、良い歯をもっていた(平均6個の虫歯または歯抜けに対し1つしかない)ことから明らかである。紀元前1000年チリのミイラの間では、エリートは金の髪留めだけではなく、病気によって引き起こされる骨病変が四倍少ないことからも明らかにされた。

こう主張する人もいるでしょう。

「でも、私たちは豊かに暮らしている! 狩猟採集民として生きるなんてまっぴらごめんだ!」と考える人は、グローバルに考えてみてください。

あなたが良い暮らしをしている影には、ひどい暮らしをしている人が存在するのです。エチオピアの農民、中国の工場労働者、アフリカの採掘労働者、日本のブラック企業労働者……。

栄養と健康における同様の対比はグローバルなスケールで続いている。アメリカのような裕福な国々の人々にとって、狩猟と採集の理想を絶賛することはバカげていると感じるだろう。しかしアメリカ人はエリートであり、しばしば貧しい健康状況や栄養状態の国々から輸入されなければならない石油と鉱物に依存している。エチオピアの農民とカラハリの採集者を選ぶとしたら、どちらが良い選択だと思うだろうか?

農耕は男女不平等を生みだす

農耕は階級を生みだします。階級あるところ男女不平等があるわけです。

農耕は性的な差別をも奨励した可能性がある。遊動的な生活における赤ん坊の運搬という必要から解放され、畑を耕すためにより多くの人手が要るというプレッシャーのもと、農耕における女性は狩猟採集民より頻繁に妊娠する傾向があった――そしてそれは彼女たちの健康に悪影響を及ぼした。例えばチリのミイラのなかでは、感染症による骨病変を患うのは男性より女性が多かった。

なぜ農耕という誤りを選択したのか?

ジャレドの主張のおもしろいところは、狩猟採集民は「農耕か人口縮小か」を迫られ、前者を選んだ採集民が、現代までつづく国家や戦争という病んだ社会を生みだしたと指摘します。

狩猟採集民の人口密度は氷河期末期に徐々に上昇し、バンド(小集団)は農耕により多くの人々に食事を与えるか、集団の成長を制限する方法を探し出すかの選択に迫られた。いくらかのバンドは前者の解決法を選んだ。彼らは農耕の悪を予測することができずに、人口増加が食糧生産に追いつくまでの一時的な豊かさに誘惑されたのである。そのようなバンドは増殖を続け、狩猟採集を続けるバンドを追い払うか殺すかした。栄養失調の百の農民でも、一人の健康な狩猟者に勝てるからである。狩猟採集民が自らのライフスタイルを廃止したのではなく、それを廃止しないだけの賢明な人々は、農民が望まない土地以外のすべての地域から強制的に排除されたのである。

多くの人口を養うことができるのが農耕のメリットであり、その副作用として飢餓、戦争、専制社会などを生みだした。

まとめ

宇宙空間からやってきた考古学者が人間の歴史を同僚の宇宙人に説明するとしよう。彼はその調査の結果を24時間の時計で説明する。時計の一時間は現実の10万年間だ。人類の歴史が0時に始まったとするなら、私達はほとんどその日の最後に位置する。私たちはほとんどその日すべてを狩猟採集民として過ごす。夜明け、正午、そして日没まで。ついに、11時54分、私たちは農耕を採用する。二度目の0時が訪れるときには、飢饉に苦しむ農民の困難が私たち全体に広がるのだろうか? それとも、農耕のきらびやかな表面の背後にある蠱惑的な祝福をどうにか達成することができるのだろうか?

以上ジャレドの記述を見ていきました。

考古学者や人類学者はプリミティヴィズムな考えをする人が多いですね。ルソーも考古学に精通していたのは有名ですが。

彼らは今生きる「文明人」とかつての「自然人」のどちらの生活が良いものだったか比較できるからでしょう。

さて、農耕は人類最悪の誤ちでした。農耕が生みだしたものは何だったでしょうか。

  • 栄養失調
  • 飢餓
  • 感染症
  • 社会的寄生虫(階級断絶)
  • 性差別

その代償として得られたものは何だったでしょうか。膨大人口に食糧を与えることでした。農耕革命によって、私たちは「質から量」の時代になったんですね。

よく、SF小説で核戦争を防止するために未来人がやってくる、というものがありますが、そんなことより農耕を始めようとした一万年前の人々に「やめとけ」と説得した方が効果的かもしれません。

ジャレドのこの記述は、プリミティヴィズムの入門として最適なものですが、いささか狩猟採集社会を理想化しすぎにも思えます。実際には狩猟採集社会は労働時間は短くなく(だからといって生活の質が低いわけでもないですが)、男女平等が実現していたわけでもなく、自然と調和して生きていたわけでもない。そのあたり、より深い点については別の機会に紹介するつもりです。

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